星医会 東海大学医学部同窓会
 
 会報(第30号)
 〜平成16年3月1日発行〜


会員のページ
素人手品師 もりもり
森川 恵一(5期生)

 医学部5期生の森川恵一です。精神科医です。そして、ここ金沢では素人手品師『もりもり』です。「マジシャン・イーグルズ」という北陸三県のアマチュア奇術師(といっても、39人しかいませんが・・)のクラブの事務局長をしており、今では、金沢大学ジャグリング・アンド・マジック・サークルとも連携し、後進の指導にもあたっています。
 さて、私が手品というマイナーでアンダーグラウンドな趣味と出会ったのは、昭和59年4月に金沢大学精神科に入局した時のことです。当時の医局長より、「あー、新入医局員は歓迎会で何か一つ芸をすることになっとるんじゃ。」と言われました。何しろ、学会の懇親会でアトラクションを外部委託はせず、医局員がジャズ・ピアノの演奏をする教室で評判でした。また、もともと金沢という所は、前田家の徳川家には絶対武力で勝負しない、文化に力を入れ、逆らわないで生き延びるという「加賀百芸」と言われた芸能振興策もあり、さらに、年間の降雨量が多く、空は青くなく灰色で、しかも低く、冬には雪に閉ざされることから、加賀宝生、加賀万歳、山中節、三味線など、室内でできる芸事の修行が盛んで、「宝生流の雨が降る(造園師が十分に芸事を嗜み、仕事中に謡曲の鼻歌を歌っているさまを言う)。」とまで言われています。(これは後になって知った事ですが、教室員が一芸に熱中するのは、「金沢学会」という精神科医療の歴史に残る大問題を起こした学会の心理的後遺症でもあったのですが。)
 無芸大食の私は、音痴でカラオケも下手、ギターひとつ演奏できず、途方に暮れて、とぼとぼと兼六園周辺を散歩していたら、偶然(今となっては、もともとそうなるようになっていた、と思っていますが。)、「手品はコミュニケーションの道具です。」との看板を掲げた『プリンス東陽』というプロ・マジシャンが経営するマジック・ショップを見つけ、窮余の一策で思わず入店しました。これも後になって知ったことですが、氏は戦後の我が国の手品業界の復興に生涯を捧げた手品関係者なら知らぬ人はいない不世出の偉大な奇術師だったのです。因みに、彼の次男が劇団四季の加藤敬二氏、そう、あの「キャッツ」のマジシャン猫として超有名で、現在は四季のダンス監督をされています。私は、事もあろうに、「一晩練習したらできるネタはありませんか?」と、今となっては顔から火が出るようなリクエストをし、翌日には「水と新聞紙(新聞紙をたたんで、水を入れるが、逆さになっても落ちてこず、おまじないで、オレンジ・ジュースに変わる。)」と「アトミック・ランプ(コンセントに連結していないのに、ナースの愛のパワーで電灯が光る。)」のネタで舞台に立ち、大きな拍手をもらい、「一番印象に残った。スター性がある。」とまでの過分の誉め言葉をいただきました。その後も、ネタを買っては教えてもらって、ちょこちょこと病棟レクレェーションや忘年会、各種飲み会で演じておりました。
 ところが、結婚すると、家内の叔父が米島武次という北陸のアマチュア手品界の重鎮であり、「そんな程度では所詮は宴会芸、スナック芸で終わってしまい、客も自分も飽きて手品を一生の趣味とはしなくなってしまう。」と諭され、3本リングから始まり6本リング、さらには12本リング、ロープ、シルク、カード、コイン、タバコ、輪ゴム、はては「和妻」と呼ばれる日本古来伝統の手品の「連理の紙」やら、奇術ではない大道芸の南京玉すだれまで、徹底的に仕込まれました。芸の披露の場は広がり、ナースの結婚式、高校・大学等の学園祭、地域の老人会・婦人会、幼稚園等のクリスマス会、学会・研修会後の懇親会、東京都と同じく金沢にもライセンスを発行してもらっての大道芸がありますので、金沢中央公園等の路上でのストリート・マジックまで演じています。そのため、「多士済々の素人手品の世界」と題する地元のテレビ局の特集番組や新聞にも、表の仕事と裏の趣味が同時に取りあげられてしまいました。この事は、あまり表の仕事には良い影響が出てこず、やはり精神科医はマス・メディアには露出せず、無名でいる方が治療効果は上がると認識した次第です。手品師も無名の方で多く優れた奇術を演じる方がいて、Mr.マリックのテレビのタネ明かし番組などは全く愚劣です。ですので、この文章も余り多くの会員の方の目に触れないことを祈っています。その人が奇術を演じるとは全く知らないで、いきなり見せられる方が効果が大きいですから。
 それでは、会員の方、学会等で金沢へお寄りの際は、ふと、路上の人だかりに目を留めて下さい。そこに、素人手品師『もりもり』がいますから。


厚木星医会倶楽部発足
内科小児科窪田医院 副院長 
                       厚木医師会理事 
窪田 隆浩(8期生)

 私は八期の卒業です。
 現在は父の後を継いで厚木に開業し、厚木医師会の理事を3期担当させて頂いています。その間には東海大学病院の新病院建設も始まり、東海大学医学部OBの方の新規入会も増えました。さらには特別会員や病院勤務の先生方を数えますと総勢40名程になり、大変多くの先生方が医師会に関連していることが判りました。
 そこで、予てより懸案であった医師会内にOB会のような会(厚木星医会倶楽部)を発足させる運びとなりました。
 当倶楽部の目的は大学病院との病診連携の強化・OB同士の親睦交流を深めることを主とし、毎回大学病院より若手の講師を招き講演会を開催し知識の向上を図ることです。
 倶楽部発足に先駆け去る平成15年8月8日に倶楽部の世話人会として、OBとして最初に開業された厚木循環器内科クリニック院長、吉川 広先生、医師会理事で同窓会理事でもある今岡医院副院長、今岡千栄美先生、同窓会評議員のはせべ内科医院院長、長谷部哲理先生、倶楽部発足の発起人として私、窪田で開き、倶楽部の運営等について話し合い、初代会長を吉川先生にお願いして会の名称、会則等を作成し、平成15年11月7日に倶楽部発足に漕ぎ着けました。
 当日は厚木ロイヤルパークにて第1回目として総会を兼ね会長、世話人会、会則の承認を受け、引き続き7期生で東京病院内科学系講師、吉岡公一郎先生を招き「ブルガタ症候群に関する最近の知見」につき講義を受けました。その後は懇親会へと移り特別会員で元産婦人科助教授の塩塚産婦人科クリニック院長、塩塚幸彦先生の乾杯に始まり、参加頂いた先生方の近況報告で話が咲き懐かしさでしばし時を忘れ有意義な時間を過ごすことができました。最後に剣道部OBの森の里病院院長、大田和年先生の音頭で一本締めを行って会を閉じ来年の再会を約束し散会致しました。
 以上倶楽部発足につきまして報告致します。


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合 縁 感 謝
    東海大学医学部 基礎医学系
                           福山 直人(12期生)

 星医会会員の皆様方、私は12期生の福山直人でございます。
 なぜ私のような若輩者が投稿させていただくかと申しますと感謝の気持ちからです。
私は現在、東海大学医学部基礎医学系(旧生理科学2)に在籍させていただいております。御存知の方も多いと思いますが、東海大学医学部では4年前から2年生にPBL (problem based learning)という新しい学習システムを導入しております。
 PBLとは小人数制のグループ学習法で、テューターのもとで臨床症例を通して学生が自ら問題点を抽出し、自ら学ぶというシステムです。100人近い学生に対して15人のテューターが必要で我々の教室員に加えて外部の先生方に講師をお願いいたしております。なかでも東海大学を卒業された諸先生には大変お世話になっておりまして、日々の診療が忙しいにもかかわらず10人以上の先生が非常勤講師を快諾してくださっております。先生方は非常な熱意をもって教えて下さっており、学生達はそれに良く応えており、感謝しています。
 担当されている先生の専門科目は、内科学だけではなく耳鼻咽喉科学や精神科学、外科学など多くの科にわたっておりますがそれぞれの特色を生かした学習グループを作って下さっています。学生にとっては、実際の臨床にたずさわっていられます外部の諸先生に御指導をしていただくことにより学習意欲が増加し、視野も広げがり、本当にいい勉強になっております。
 御協力をいただいております諸先生へ私の感謝の気持ちをお伝えしたくこの場をお借りいたしました。また諸先生には、PBLの進め方に対しての具体的助言や、実際に用いている症例の作成方法などに関してもアドバイスをいただくことができ本当に感謝しております。
 今後ともこの様なありがたい環境の中でPBLを用いた学生教育が継続することができるよう切望いたしております。つきましては今まで講義に関わられていない諸先生におかれましてもお時間の取れる先生には是非参加していただき、後輩のためにご助力下さいますようお願いいたします。授業は9月から11月までの木曜日午後の8コマであります。
 御連絡はe-mail(fukuyama@is.icc.u-tokai.ac.jp)もしくは東海大学医学部基礎医学系福山(TEL:0463(93)1121、内線:2542)までお願いいたします。


編集後記
 新年度より役員の体制が変わる。2代目会長の中瀬古先生から新会長金渕先生へのバトンタッチである。中瀬古会長は2期10年の期間、全国に支部を配置し、今まで縦の繋がりだけであった星医会を横の繋がりに拡げるとともに毎年の総会も多数の参加者を集め、活気のある会にした功労者です。また学生を準会員としたり、賛助会員を増やしたり多数の活躍があった10年間でした。今後、金渕先生へ時代が遷ります。全国の支部会に参加したり、活発に行動される先生ですので、今後5年間、いやもっと長い期間星医会のために活躍されることを望みます。(夢)

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