星医会 東海大学医学部同窓会
 
 会報(第33号)
 〜平成17年9月1日発行〜


学内助教授9名誕生

 たいへん喜ばしいことに、今年も9名の学内助教授が誕生しました。これで基礎医学系を除く全ての学系に本学卒業生による助教授が誕生したことになります(もっとも基礎医学系医学教育・情報学には灰田教授がすでに就任されておられますが)。
 先生方のなお一層のご発展をご祈念いたします。
 なお、誠に申し訳ございませんが、今回紙面の都合により全ての先生方のお声を紹介できません。そこで本号では、御卒業年度順にご所属とお名前だけ列記させていただきますことをご了承ください。
(敬称略)
基盤診療学系(病理診断学) 山崎  等(3期生)
外科学系(脳神経外科学) 山田 晋也(3期生)
外科学系(呼吸器外科学) 山田 俊介(4期生)
外科学系(消化器外科学) 添田 仁一(5期生)
内科学系(総合内科学) 小澤 秀樹(7期生)
外科学系(麻酔科学) 福山 東雄(8期生)
専門診療学系(救命救急医学) 中川 儀英(8期生)



助教授昇格に際して想うこと
内科学系呼吸器内科学 小林 一郎(7期生)

 東海大学で学生として6年間を過ごし、医師として20年目を迎えました。現在、16年間の伊勢原勤務を経て大磯病院での診療4年目を迎えています。大磯病院勤務は山林一教授に続き、太田保世教授退官後の混沌とした状況下での勤務地変更でした。折しも父親の前立腺癌発症もあり、「一身上の都合により」の在り来たりの成句に変えて「親の介護のために」との願いを準備しての変更でした。医局制度廃止などの医学部改革の一端として、各付属病院長の推薦による昇格・昇任が認められたことで、今回の私の昇格となりました。私が、当該診療科の教授以外の推薦で昇格した第1号かもしれません。その間、医学部の改革とは無関係に、伊勢原の呼吸器内科の構成員は呼吸器内科と腫瘍内科に分かれ、更に何人かの医師は私が成し遂げなかった退職を果たしました。
 現在の職場よりも教育・診療・研究の組織がしっかりしていて、自分の評価をきちんとしてくれるところに転職することは何ら不思議なことではありません。更に処遇が良ければ越したことはないでしょう。退職、転職は野に下る印象を与えますが、海外では自らの経歴のためにむしろ推奨されるべきことです。実際、転職や開業をして新天地で大活躍する沢山の卒業生がいます。しかし、多くの優秀な東海大学卒業、東海大学で研修した医師が付属病院を去る姿は寂しいものです。一つの診療科で処遇を変更することは出来ませんが、組織の構築と黙々と仕事を遂行する医師を正当に評価することは可能な筈です。私の助教授昇格は、研究面や学会での活動の評価を受けたものではないと思っていますし、助教授昇格で起こる受動的な変化もありません。ともすれば大磯という分院的な印象の濃い付属病院勤務ではありますが、東海大学を卒業した医師として、若手医師の教育や診療面での能動的な役割を果たして行きたいと考えています。



助教授に就任して
専門診療学系皮膚科学 松山 孝(9期生)

 この度、2005年4月1日付けで助教授に昇格させていただきました。
 1988年5月、昭和最後の入局です。(若い先生方にはピンとこないかもしれませんが、当時の国家試験は4月になってから行われ発表は5月でした。)
 入局初日は、当時の大城戸教授から「君は入局の予定になっていないよ。」といわれ、(事務のミスだったようです。)菅野医局長から「僕はもうすぐ開業だから」といわれながらオリエンテーションしていただいたのがそんな昔なのかと実感します。
 当時のスタッフは、大城戸教授以下 新妻助教授、松尾助教授、小澤講師、菅野先生、鈴木陽子先生、伊勢原協同病院に出向中の早川先生でした。助教授というと新妻先生、松尾先生のイメージが私の中では強く残っています。新妻先生からは病理を厳しくご指導いただき、松尾先生からは研究についていろいろご指導いただきました。時間の経過とはいえ、小澤教授より助教授の話をいただいた時にはそんな重責は私にできるのか?と悩み教授にもお伝えしました。すると、皮膚科部門で東海大出身、最年長の自覚を持って働いてもらわないと後輩の士気も上がらないし、私が助教授になることが小澤教授の誇りであると言っていただきました。
 卒業して18年、上記先生だけでなくその他にもより多くの先輩、後輩の先生方との出会いがありました。その先生方との出会いがあったからこそ本日大学に残り仕事ができるのだと自覚しています。開業された先生、他に興味があり大学を辞められた先生、家庭の事情で辞められた先生・・・実は大学に残ることは外に出て行くことよりエネルギーはいらないのかと思います。何もできないから大学にいるなんてことにならないようがんばります。
 3〜4年前に中島らもの「永遠も半ばを過ぎて」という小説を手にし、テーマに非常に驚きをおぼえました。男性の平均寿命が70才後半であることを考えますと、40歳超えると人生はもう後半戦なのかと思い非常にあせりました。しかし医師(勤務医)として働く年数は40年はあるのかと思います。すると卒後20年まではまだ前半戦なのかとも考えられます。助教授という立場は指導する立場と思いますがまだまだ専門だけでなく社会人として学ばなくてはならないこともたくさんあると思います。
引き続き御指導御鞭撻のほどよろしくお願いいたします。




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