星医会 東海大学医学部同窓会
 
 会報(第35号)
 〜平成18年9月1日発行〜


新任教授紹介
今思うこと
基礎医学系医学教育・情報学部門 教授 津田 道雄

 東海大学に助手として赴任して以来もう30年になってしまいました。出身校の徳島大学での11年間の医学生・大学院生時代等の3倍という長さであり、東海大学に対して母校のような気がしています。地方大学ながらも徳島大学酵素研究施設は教授を含め若い研究者・大学院生は「はちゃめちゃ」ながらも研究面では非常にactiveであった。そこで大学院時代を過ごし、またその前後にIndiana大学に留学し、帰国直後に赴任してきた私にとって大学にいるのは研究をするためであり、それ以外の仕事はすべて雑用と感じていた。教育に関しても同様であった。多分当時の若い基礎医学系の教員はほとんどがそうであったような気がする。赴任してまもなく入試の試験監督で高輪校舎に行くよう命令があった。田舎から出てきた私には朝8時前に高輪に行くことは大変な思いであり、なんと当時の平野教学課長に「入試業務するためにきたのではありません」と抗議。厳しく諭されたことが思い出されます。教員とはどんなものかわかっていない生意気な新任教員でした。東海大学での研究は厳しいながらも楽しんでいました。代謝調節、タンパク分解酵素と阻害剤、抗酸化、分化増殖因子・生理活性物質などの研究で多くの人と共同で楽しい研究でした。また当時から学生と接すること、クラブで合宿することは大きな喜びでしたが教育に関してはあまり関心はありませんでした。そんな私が今、基礎医学系医学教育・情報学教授を拝命し、また教育計画部次長。なんということでしょう。
 助教授に昇格してまもなくの1988年、当時医学部長補佐の玉置・山林教授からの教育計画室(現教育計画部)立ち上げに参加するようにとの命令。何をする組織かわからないまま参加した(させられた)のが教育分野への踏み入れだったのです。その後しばらくは不熱心さのためでしょうか、教育計画部から離れて再度研究中心の大学生活を楽しんでおりました。
 突如、2002年長村教育計画部長(当時)からカリキュラム委員長、翌年から教育計画部次長の命令。共用試験導入・編入枠拡大等でカリキュラムの変更を命じられました。教員・職員の批判がありながらも、多くの先生方の協力で2006年になりやっと一応の大枠を作ることができました。しかしまだまだ不十分で内容の見直し、6年間を通じての整合性・一貫性など多くの修正が必要であることは十分認識しています。また国家試験の合格率も意識しながら低迷学生の個別対応を含めた、教育カリキュラムというより、国家試験対策カリキュラムも国試対策委員会と共同して行う必要もあります。
 教育の観点から考えれば、カリキュラムも重要な要素ではありますが、それ以上のことがあるのではないかと思っております。
 異論はあるかもしれませんが、教員個人と学生の間の信頼関係が必要で、学生と接する時間は短くても愛情と情熱を持った授業や実習には学生は答えてくれると思っています。特に臨床実習などでは忙しい中、患者を診察する先生の患者に接する姿、情熱を持った学生への指導や学生への一言、このことが学生に刺激ややる気を与えます。特にクリクラでは東海大学出身を中心とした若い先生の役割は重要です。ぜひ後輩の東海大学医学生の教育に積極的に関わり、すばらしい後輩の医師を育てるのにご協力ください。そのためには私自身最大の努力を惜しまない覚悟で、努力したいと考えております。


教授に昇格して
基礎医学系生体機能構造学 教授 石田 英之

 本年度から生体構造機能学教授および伊勢原研究推進部部長を拝命致しましたので、ご挨拶申し上げます。
 私は、北里大学衛生学部化学科を卒業後、防衛医科大学校の循環器内科で助手として研究しておりましたが、医師でないので基礎系へ移ることを希望していました。
 一方、佐々木前医学部長の紹介で沖野 遥教授が横河電機の研究所で講演されたのが縁で、横河電機の生物班がニポウ式共焦点装置の開発を沖野 遥教授に相談されました。沖野 遥教授とは直接面識はありませんでしたが、中澤博江教授 (当時 助教授)から”顕微鏡関係は、防衛医科大学校の石田が詳しいので来るように”と呼び出しがありました。それが縁で、1990年4月から東海大学医学部の当時の生理学教室2にお世話になる運びとなりました。生理学教室1には高比良教授が、生理学教室3には中野教授が居られました。
 横河電機のニポウ式共焦点装置は無事完成し、現在ではCSU10, 22の名称で世界中で年間200台売れています。もちろん、われわれもニポウ式共焦点装置を使って心筋細胞内Ca2+の制御機構を検討しており、八王子病院の源河朝広講師の学位研究は「心筋細胞の核内のCa2+動態の検討」でした。
 さらに、われわれは、深さ方向に分解能をもつ共焦点顕微鏡の欠点を補うため、全体から情報が得られる世界初のリアルタイム3次元観察装置を開発しました (国内特許第3612538号、米国特許申請中)。この装置はリアルタイムで細胞や組織(血管など)の全体を高速で観察できるため、Ca2+ waveの3次元的伝播の観察やマウスの精巣動脈を塩化鉄処理して血栓を作製するin vivo血栓モデルの3次元観察などに用いて研究を進めています。また、別の研究テーマとしては、apoptosisだけでなくnecrosisにも関係しているミトコンドリアPTP(Permeability Transition Pore)の開口制御と細胞内イオンやミトコンドリア内イオンの関係を主にイメージングで研究しています。ご興味のある方はご連絡下さい。
 教育の面では2年生の指導教員や生理解剖学入門の科目責任者として、教育の面でもさらに貢献で
きるように頑張りたいと思っております。今後とも星医会のご支援よろしくお願い致します。



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臨床薬理学の現状と将来展望
基盤診療学系臨床薬理学 教授 小林  広幸

 星医会会員の皆様には日頃より医学部の教育、診療、研究活動にご支援を頂きましてありがとうございます。私は本年度より臨床薬理学教授および総合臨床研究センター長を拝命致しましたので、一言ご挨拶申し上げます。
 私は、1985年に慶應義塾大学医学部を卒業しました。学生の頃より死亡原因の上位を占める悪性腫瘍と血栓症を制御できる分野として血液学に惹かれておりました。私が研修医の頃はまだ骨髄移植の黎明期で、造血器腫瘍の患者さんの多くは抗腫瘍薬による治療を受けていました。初発時には治療に反応しても、再発を重ねる毎に抗腫瘍薬に耐性となるのを目の当たりにして、耐性機序の解明と克服をテーマにすることに致しました。これが抗腫瘍薬という薬物療法を軸にした私にとってのライフワークの始まりでもありました。血液内科、検査医学、臨床薬理学と所属が変わっても、患者さんお一人お一人に合ったより良い薬物療法をという原点は少しも変わりありません。
 優れた数多くの医薬品が開発されてきた反面、ソリブジンをはじめとして一連の薬害問題が後を絶たず、医薬品の適正な使用法と医薬品情報伝達の重要性が叫ばれています。それに伴い、医学の卒前・卒後教育における臨床薬理学の重要性が指摘されております。良医を育成する上で、薬物治療学の原理の習得と臨床各科における薬物治療の俯瞰を担う臨床薬理学の役割は大きいと思います。3年生を対象とする「薬理学の基礎」で薬物治療の原理を教え、臨床各科における薬物治療を学ぶ際に応用できるような基盤を固めさせたいと考えております。そのためにも個々の薬の細かな事項の暗記ではなく、総論を重視し、「体系」として薬理学を修得して臨床各科における薬物治療の知識を「引き出す」ことができるようにして参ります。科目責任者として臨床各科の先生方と連携を密にして、この目標の達成に努めたいと思います。クラークシップの前後の4年生と6年生を対象とする「臨床薬理学」では、臨床各科における薬物治療学を再度整理・体系化し、薬を個々の患者さんに適正かつ合理的に使うための臨床薬理学的な知識を深化させていきたいと考えております。
 臨床における各種の薬物治療ガイドラインは、無作為化比較試験に基づくエビデンスを重視してevidence-based medicine (EBM) の方向に進みつつあり、臨床試験の重要性はますます高まっています。日本における卒後教育において、EBMを使いこなすことの習得と新たなEBMを創るためのプログラムは現状では確立していません。そこで、Vanderbilt大学大学院・臨床研究科学マスターコースで培ったスキルと人的資源を活用して、本邦における卒後臨床研究教育の活性化に尽力して参りたいと思います。幸いにして、多くの方々のご協力によって、文部科学省・科学技術振興調整費・新興分野人材養成プログラムの委託により、医学研究科に「クリニカルバイオメディカル情報科学マスターコース」を設置することができました。今日嘱望される「21世紀型の臨床研究者」とは、専門の臨床医学的知識のほかに、医療統計学、臨床疫学、医療倫理学、臨床薬理学、バイオインフォマティクス、臨床遺伝学、臨床分子生物学、薬剤と医療機器の開発過程、スタディデザイン、データマネジメント、モニタリングという広範な領域に関する知識を持ち、これらの情報を有機的に統合して研究の立案と遂行の要となる人材です。創立者・松前重義先生のお言葉に「研究はひとつのオーケストラである」とありますが、本コースはまさに臨床研究を統括的に指揮できる新しいタイプの人材を養成するプログラムであり、ここから世界に通用する優れた臨床研究成果を発信するスキルと指導力を身につけた人材を輩出できるよう全力をあげていく決意でおります。
 私自身は、「抗腫瘍薬耐性の診断と克服法、さらには治療の個別化の予測法」というテーマを内科・米国内の癌センター・検査部・薬理学教室と様々な角度から追究してきたつもりです。薬剤耐性遺伝子の機能解析や臨床検体における発現レベルの検討、核酸製剤を用いた耐性遺伝子の発現抑制による耐性克服に取り組んできました。特にリボザイムでは、基礎研究から第1相臨床試験まで関わることができ、先駆的な仕事をすることができました。現在も研究ユニットでは、siRNAを応用した遺伝子の機能解析および機能修飾に取り組んでおります。
 将来的には、学内にある優れた新薬のシーズや核酸製剤などの第1相試験が施行できるように、基盤整備をして参りたいと思います。また、総合臨床研究センター長として、臨床研究・治験審査が効率的に行われ実りある成果が得られるよう、研究計画や解析・臨床薬物動態の面などから支援をして参りたいと思います。そのためにも前述の「クリニカルバイオメディカル情報科学マスターコース」において、関係各部署の先生方と協力して臨床研究の現場でon the job trainingによる人材養成を推進し、臨床研究の底上げを図って参りたいと考えております。その目標達成に向けて、星医会の先生方を含め幅広く臨床の先生方との研究交流を通して取り組んでいきたいと思います。
 最後になりましたが、星医会の益々のご発展と会員の皆様のご健勝を祈念するとともに今後の一層のご指導ご鞭撻をお願い申し上げます。


公衆衛生学の展望
基盤診療学系公衆衛生学 教授 渡辺 哲

 本年4月1日に公衆衛生学の教授ならびに国際医療保健協力センター・センター長に就任いたしました。私は今年で東海大学に赴任してちょうど10年がたちました。この紙面をお借りして、これまで行ってきた仕事や、今後の展望について述べさせていただきます。私は大学卒業後内科臨床研修を受け、その後消化器内科を中心とした診療、研究に従事してきました。肝臓を中心とした仕事が主で薬剤性肝障害の機序の解明と診断法の開発、肝炎慢性化の機序、肝細胞癌患者における肝癌細胞に対する免疫応答の研究などを行っていました。この頃(1980年)HBV遺伝子がヒト肝癌細胞株に組み込まれているとの論文がNatureに発表され、また癌遺伝子の研究が米国を中心に進められました。私も細胞癌化の分子機構に興味がわき、米国に留学いたしました。留学先の部署はOncologyでしたが、主な研究対象は白血病と乳癌でした。白血病では分化誘導の研究がおこわなれていました。私は白血病の分化誘導の研究グループに入り、分化・増殖と癌遺伝子との関連に関する研究を行いました。留学当時は、どの研究室でもMolecular Cloningの本を片手に皆が分子生物学手法を用いた研究を行っていました。
 帰国後は都立病院に勤務しましたが、幸いなことに病院に研究室が備えられ、CO2培養器、超遠心機を含む各種遠心機、DNA合成機、ディープフリーザーなどの大型機器があり、RIを除けば研究を続けることができましたので、これまでの研究を肝細胞癌に応用し細々ながら研究を続けてきました。この頃より病気の診断、治療よりも予防が重要であると考えるようになり、前任の岡崎教授のお誘いを受け、1995年に東海大学に赴任しました。
 赴任後は、岡崎教授のライフワークである肝線維化の研究に従事すると共に、肝癌の分化誘導、非アルコール性脂肪肝の遺伝疫学研究を行ってきました。1996年から東海大学でWHOからの要請による「21世紀保健指導者養成コース」が開始されました。このコースの目的は、主に東南アジア各国の保健省の医療政策担当の中堅の官僚を対象に、各国の状況に合わせた将来予測に基づく医療政策を立案できる人材を育成しようとするものです。この人材育成の重要性は、WHO本部で1992年から指摘されており、特にアジア地域で医療計画を立案できる人材が乏しいことが問題とされていました。従って、アジア地域での人材育成が緊急課題であるとの認識のもとに、この人材育成コースが東海大学で行うことが決まりました。
 アジア各国における医療・保健分野での人材育成は、それぞれの国における疾病予防や健康増進に寄与するのみならず、我が国の「健康の危機管理」においても重要です。グローバリゼーションの進んだ今日では、SARSや鳥インフルエンザの経験から自明の様に我が国だけが安全ということはありません。従って周辺国の医療・保健制度の充実と共に緊密なネットワークを作り、情報を共有し、お互いに協力して健康危機に対処することが重要です。現在行っている保健指導者養成コースは、過去10年間で22カ国、109名の参加がありました。多くの人は現在それぞれの国の保健省で中堅?上級官僚として活躍しています。これまでの国際保健での業績が評価され、私どもの「将来予測国際保健指導者養成コース」が昨年文部科学省の「魅力ある大学院教育イニシアティブ」に採択され、今年度はラオスから一人留学生が来ています。
 公衆衛生学の目的は、健康問題に関するあらゆる障害を排除し、健康増進に努めることと考えています。この意味から、現在行っている研究、すなわち「癌の分子予防」、「メタボリックシンドロームの危険群の同定とその予防対策」、「将来予測国際保健指導者養成」はいずれも我が国の健康増進に寄与するものと考えています。
 皆様方のご支援、ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。



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教授に昇任して
基盤診療学系健康管理学 教授 本間 康彦

 私は1981年4月、内科学講師として東海大学医学部に奉職いたしました。東海大学医学部付属大磯病院開院に伴い大磯病院内科勤務となりました。1999年4月より東海大学医学部付属病院健診センターに勤務しております。健診センター受診者数は過去10年漸減傾向であります。健診センターの改革、発展および教職員の健康管理の質的向上を目的として健診専門医および教職員の健康管理医をグループとして2006年4月1日基盤診療学系健康管理学が設立されその教授に任じられました。医療は疾患の治療のみならず、健康状態の評価、増進が大切な事は言を待ちません。健診センターの発展、教職員の健康管理の充実に粉骨砕身努力する所存でありますので星医会会員の先生方のご支援のほどよろしくお願いいたします.なお健康管理学の英語名はDepartment of Clinical Health Science、健診センターの英語名は Health Evaluation and Promotion Centerです。
 健診センターは検査の進め方の改革、コースの多様化、オプション検査の充実などに現在取り組んでおります。また、昨年7月よりコンピュータシステムを更新いたしました。健診センターの受診データが同時に付属病院で閲覧できるようになり迅速な2次検査,加療が可能になりました。また、受診者に送付される最終成績には心電図、および、超音波、X線検査の画像が添付されています。ぜひ、患者、知人の方に当健診センター受診をお勧めください。当健診センターの常勤医は私を含め2名ですので常時面接医の不足状態です。受診者にやさしく、総合的医学知識を持ち、生活習慣病の研究に興味のある面接担当非常勤医師を常時求めております。東海大学医学部の発展のために、健診の面接の手伝いをしてもよいと考えられる星医会会員の先生のご一報をお待ちします。
 最後に、星医会の一層の発展を心より祈念いたします。


次の世代を育てる
外科学系小児外科学 教授 上野 滋

 2006年4月1日付で、外科学系小児外科学教授を拝命いたしました。1992年1月に東海大学に赴任し、以来、付属病院において小児外科の診療を担当してまいりました。東海大学医学部付属病院は日本小児外科学会が認定する小児外科専門施設のひとつです。神奈川県西部の拠点病院としての役割を果たせるよう、少数精鋭の仲間とともに、新生児から15歳、ときには成人に至る先天性消化管疾患や外傷・熱傷を中心とするさまざまな傷病を持つこどもたちの外科的治療にあたっています。扱う疾
患は、鼠徑ヘルニアのような日常的疾患だけでなく、まれなあるいは命に関わる重症疾患や外傷、熱傷まで多岐にわたりますが、あそこにいけば安心だから、あそこにいけば何とかしてくれるからという思いで紹介、搬送されるのがわれわれの病院です。付属病院はそのようなこどもたちとその家族にとって最後にたどり着くところ、last resort といえます。赴任以来、やっとたどり着いたところで行われる治療は、家族や紹介していただいた先生方の思いを裏切らない最善のものでありたい。と同時に、こどもにやさしくありたい、そういう思いで診療を行ってきました。
 さいわい、本年1月より新病院が開設され、総合周産期母子医療センターも設置されました。最新の機器と情報システムを駆使するとともに、外科、産科、小児科、麻酔科などの各診療科の先生方、基礎医学部門、看護スタッフ、さまざまな学内の部署の皆様のご協力とともに、神奈川県のみならず日本全国、時には世界の人たちと交流しながら気持ちを新たに最善でなおかつやさしい診療を目指していきたいと思います。
 一方、大学病院での診療に携わる日々が重なるにつれ、東海大学に入学し卒業する学生、研修医と接する機会、すなわち教育の機会が増えてきました。特に、教育計画部によるワークショップに参加以来、医学教育に情熱を持つ内外の先生方の薫陶を受け、次第に深く関わるようになり、教員の教育能力の向上(FD(faculty development))活動にも積極的に取り組んできました。大学病院では「教育、教育」と当たり前のように交わされることばでありますが、全く医学的知識のない人を社会からのニードに応えられる医師に育て上げるというプロセスを考えると、その重大さ、難しさはたいへんなことです。しかし、若い人たちの未熟ではあるもののはつらつとした姿に接し、彼らの真剣な眼差しと熱い思いを見聞きすると、これを損なうことなく育てたいという思いは年を経る毎に強くなります。いま、診療と平行しながらおこなうクリニカル・クラークシップやPBL/テュートリアル、OSCEといった学生教育にたずさわっています。できることはわずかだとは思いますが、少しでも多くの若者たちに実力と誇りを身につけてもらえるよう役割を果たしたいと思っています。
 去る6月5日、恩師のおひとり横山清七前教授が天国に召されました。生前、辞令交付のご報告を申し上げました折、「本当によかった」と手を差し伸べられた意味は、先生のみまかられた今、「よろしく頼む」と言われたように思われます。こどもたちやその若い親たち、学生や研修医と接することができることは天から与えられた特権(privilege)と感じます。それは、次の世代を育てるという社会に欠かすことのできない営みに参加しているという充実感がもたらすものでしょう。大学という次の世代を育てることを付託されたところにいるという自覚と、私立の東海大学という高い志を持った組織の中にいるという誇りを持って育てることを楽しみながら、微力ですが重い任を果たすことができるよう今後とも努力したいと思います。星医会の皆様には変わらぬご交誼とご協力をいただけますようお願い申し上げます。



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教授に昇格して
外科学系泌尿器科学 教授 内田 豊昭

 この度、外科学系泌尿器科学教授に昇格させて頂きました。私はお隣の北里大学を1977年に卒業し、縁あって2002年の東海大学医学部付属八王子病院開設時に八王子病院へ赴任致しました。学生講義以外は、あまり伊勢原本院の方へは行く機会がなく、顔を知られていないと思います。紙面を借りて東海大学医学部の同窓会の皆様にご挨拶させていただきます。
 八王子病院に赴任した中では数少ない他大学卒業生の一人でしたのと、呼んでいただいた御恩に報いるためにもと、診療、手術、学会活動、論文作成にと精一杯努力してまいりました。八王子病院は新しい病院ですので、赴任した東海大学の卒業生の方々も含め全員、この東海大学八王子病院の評判を良くしようと気概にあふれ一丸になって活気があふれていました。また各科間の連絡もよく、困ったときに他科の先生方に気軽に相談させていただき助けていただきました。本院に帰った多くの皆様も含め御礼申し上げます。八王子病院は開院後4年経過したこれからが正念場と思っております。これまでの実績が認められ、八王子市を含め近隣から多くの患者さんに来院あるいはご紹介いただき、患者数は増加傾向にあります。スタッフを充実させて多くの患者さんの要望に応えていかなければならないと思います。
 1988年から米国UCLA泌尿器科のリサーチフェローとして留学しました。丁度、膀胱癌のT24細胞からH-ras遺伝子の発見やPCR法が開発されたこともありサザンブロッティング法やPCR法で基礎研究の楽しさとカリフォルニアの生活を経験することが出来ました。帰国後も仕事の終わった夕方や休日に、尿路悪性腫瘍におけるRFLP、癌遺伝子、癌抑制遺伝子、microsatellite instability、アンチセンスによる遺伝子治療など分子生物学的な研究に興味をもってきました。八王子病院には研究施設はありませんが、臨床と関連してできる病理組織学的な研究を続けていきたいと思っています。泌尿器科学は尿路・性器に関連し、主な関連臓器としては腎、膀胱、前立腺、精巣などがあります。主に60歳以上の高齢者が主な患者さんの年齢層であり、これから高齢者社会を迎える本邦では、患者さんの増加が期待できる領域です。特に、4年前の天皇陛下が前立腺癌という発表以来、前立腺癌が急増しています。前立腺癌は欧米ではすでに男性の癌罹患率1位、死亡率の2位であり、今後とも日本において最も増加率の高い癌になると予想されています。私は、前立腺癌に対する新しい治療法として高密度焦点式超音波療法(別名HIFU)を開発しました。これまでに多くの医師が八王子病院でHIFUの研修をうけ、現在本邦では31箇所、海外10カ国でHIFU療法が開始され、八王子病院が世界のHIFU治療の中心となっています。また最近は、日本各地だけでなく海外からも多くの前立腺癌患者さんを八王子病院で治療させていただいております。少しでも、多くの前立腺癌患者さんに喜んでいただくよう、さらに本療法を改良・発展させていきたいと思っております。最近、外科系は当直や緊急呼び出しも多く、医学生の中では選択科として人気が無いようです。一人前の医師となるためには、約10年程かかりますが、手術の結果が直接患者さん一人一人の予後に関係してくることから、医師としての充実感も高いものがあります。一人でも多くの若い医学生や同窓生の方々に興味をもっていただき、泌尿器科を含め外科系の仲間になっていただきたいと思います。
 医学を取り巻く環境は年々厳しいものがありますが、そういう中で大学病院の医師は何をなすべきか考えながら、臨床、研究、後輩の育成に微力を尽くしたいと思います。よろしくお願い申し上げます。


教授に昇格して
専門診療学系産婦人科 教授 三上 幹男

 平成18年1月に東海大学医学部産婦人科学教授として赴任し早6ヶ月が経過しました。星医会の皆様には多大なるご支援ご指導を賜り、ありがとうございます。一言ご挨拶、自己紹介をさせて頂きます。
 私は昭和59年大学卒業後、直ちに産婦人科の修練を開始し専門医を取得した後は、一貫して婦人科腫瘍の臨床・研究・教育に従事してまいりました。婦人科の扱う悪性腫瘍は、進行癌でも外科治療、腫瘍内科的治療、放射線治療のいずれかが奏効するものが多く、特に卵巣癌は残存腫瘍を1cm以下にするべくとことん手術を行い、さらに化学療法を追加することでたとえW期の癌であっても延命そして治癒が期待できることがあります。このような幅広い治療を行うことができ、そして患者様から多くのことが学べる婦人科腫瘍の臨床はやりがいのあるもので、若手にそんなことを言い続けながら何年かが経過してしまいました。現在は婦人科がん治療ガイドラインに収載されることを目標に、新たな治療指針を東海大学から発信するべく、臨床的な研究テーマとして「子宮頸癌根治手術に傍大動脈リンパ節郭清を追加する適応」についての検討を継続しております。このテーマは私が約10年前から取り組んでいる内容であります。平均手術時間が8時間を超え、また迅速病理診断の提出もあることから、麻酔科、病理部、手術室スタッフには今後も御迷惑をかけることになると思います。一人でも多くの癌患者を救おうという気持ちからこのような取り組みを始めました。患者様のご紹介をよろしくお願いいたします。
 研究に関しては、ここ何年間なかなか取り組むことができませんでしたが、「癌の糖脂質」に関して、特に子宮体癌を題材としての研究に学位取得以来、取り組んできました。東海大学にはおりしも「糖鎖工学研究施設」が創設され、私が学位取得のために実験に通っていた東京大学医学部第2生化学教室の当時の永井克孝教授もその設立にかかわっていたと高野学長との面接時に伺い、因縁めいたものを感じておりました。興味を持ってもらえる若手医師とともに、今後、何らかの形でご指導頂ければと考えております。そして世界に向かって研究成果を発信していくことが目標であります。
 産婦人科全般について、最近では「産科医の不足」ということがマスコミをにぎわしております。多くの問題点が議論されておりますが、私の立場で今できることは、産婦人科の面白さを医学部生に伝え、少しでも産婦人科を希望する医師を増やし、産婦人科医の不足を解消することであります。つまり学生教育と研修医教育の充実が産婦人科の責任者としてまず第1に取り組む重要な課題であると考えております。この問題は一筋縄ではいかないと思いますが、診療科の先生方と一致団結してこの難局に立ち向かっていく所存であります。ご子息様で産婦人科を学びたい方がおられましたら私まで是非ご連絡をお願いいたします。
 このように何につけても、皆様方の応援、そしてご指導ご鞭撻が必要であります。今後ともよろしくお願いいたします。




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