星医会 東海大学医学部同窓会
 
 会報(第36号)
 〜平成19年3月1日発行〜


支部便り

星医会北海道支部から
支部長 吉田 貴彦(4期生)

 今年の旭川の冬は積雪が異常にすくなく穏やかな正月となりました。
 現在、北海道に在住する星医会会員は70名ほどとなっています。北海道は広いために、北と南をブロックとして便宜上2つに分けておりますが、それぞれの中心地である札幌(南)および旭川(北)に集まるにしても、遠い地域からですと5時間ほどかかります。私の記録が正しければ、伊勢原「松屋」において1979年6月19日に医学部の北海道道人会の始めてのコンパが開かれています。この当時に結成された郷土会(一般的には県人会ですが北海道ですので道人会)のはしりであったと思います。その後、道人会は毎年2回は集まりを持っていた経緯もあり、北海道に戻った同窓会員が集まりやすい素地がありました。私、吉田が北海道旭川に赴任してから本格的に定期的な北海道での道人会活動が始まりまして、その後、星医会北海道支部として現在に至っています。ただ、集まりへの参加者が卒業年度の早い期に偏っていることと、旭川在住者の集まりが比較的良いのに対して、むしろ人数の多い札幌在住者の集まりが良くない傾向があり今後の課題です。若手の会員と札幌在住の会員の積極的な参加が望まれます。
 北海道支部では年2回の会合を定期的に行なうことを原則としています。例年2月下旬に東海大学同窓会北海道ブロック総会が札幌で開かれるのに合わせて、星医会会員も積極的に参加することを申し合わせております。昨年2006年2月25日の総会には、恩師の来賓として高木繁治教授にお越しいただき、また星医会会長金淵一雄先生もお迎えし、北海道在住9名が参加し、丸テーブルを囲み親しく懇談することが出来ました。総会後には学部別の二次会として星医会もススキノに場所を変えて楽しい時を過すことができました。夏の会は趣向を変えて海辺の民宿でと企画いたしましたが、生憎予約が取れず見送りとなり、今後に期待が寄せられます。なお、今年の東海大学同窓会北海道ブロック総会は、井上宏司教授を来賓にお迎えして2月24日に行なわれます。


熊本支部
事務局長 前田 篤志(8期生)

 本年度は、まず7月29日に定例支部会を開催しました。比較的急な案内だったのですが11名の先生にご参加いただきました。今回、熊本は天草の地に神奈川県より転居してこられました末光昭子先生(13期)や奥村恭博先生(19期)にも初めてご参加いただき、遅くまでたいへん盛り上がりました。
 10月21日には宮崎支部と合同の支部会を、阿蘇の垂玉温泉「山口旅館」にて1泊2日で行いました。日高支部長の尽力により金淵会長、池田副会長はじめ遠方より多くの先生方においでいただく事となり、せっかくの機会なので大分・鹿児島・福岡支部の先生方にも参加していただき、合計27名の大盛会となりました。金淵会長には「新東海大学病院の現状」についてのご講演をいただきましたが、新病院のあまりの素晴らしさに皆非常に驚かされました。大宴会のあとは2次会用の部屋へ移動し再び酒盛りを開始、懐かしい話を肴に夜遅くまで(朝早くまで?)延々と2次会は続きました。翌日は早朝に帰路につく者、観光に行く者など三々五々解散となりましたが、懐かしい先輩方や同級生、後輩たちと昔話で盛り上がり、また最近の話題やいろんな情報交換もする事ができ、非常に楽しく有意義な会を持つことが出来たと思っております。最後に、遠方よりお越しいただいた先生方に深く感謝申し上げます。

参加者:
 (神奈川)金渕一雄先生・中村世郎先生・津久井優先生 (東京)坂部 貢先生 (千葉)岩井 力先生 (静岡)池田正見先生 (大阪)奥井克治先生 (広島)寛田司先生 (福岡)伊東秀夫先生 (鹿児島)徳永雅仁先生・三島研吾先生 (大分)森哲先生・姫野信治先生 (宮崎)萩原 忍先生・千代反田 滋先生 (熊本)濱田朋久先生・西圭一先生・高島健二先生・米田義典先生・福島正人先生・下田光一郎先生・渡辺英明先生・宮本哲明先生・末光昭子先生・日高康博先生・前田篤志



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栃木支部活動報告
事務局長 峯崎 賢亮(3期生)

 星医会栃木支部では毎年秋に、講演会を開催しています。2006年度は、11月11日に、ホテル東日本宇都宮において執り行いました。
 まず初めに星医会栃木支部代表として、菅井順一先生による、「最新の抗アレルギー剤について」のお話がありました。抗アレルギー剤は、昨今急に種類が増加したため、実地医家はその使い分けに苦慮しておりました。それを菅井先生が鳥瞰してくれました。
 その後、当日の主賓である、東海大学脳神経外科松前光紀教授(3期生)による、「神経外科学の進歩」の講演をしていただきました。このお話の中でも圧巻だったのは、覚醒下での脳腫瘍の手術でした。医師となって四半世紀の年月が流れました。自分の専門領域(循環器内科)の進歩にも充分に追いつけなくなっている現在、脳神経外科の進歩を目の当たりにして、私はいつしか浦島太郎となった、と実感しました。
 その後、講演会参加者全員での夕食会は、講演での興奮覚めやらぬまま突入しましたので、言うまでもなく大盛況となりました。




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