星医会 東海大学医学部同窓会
 
 会報(第36号)
 〜平成19年3月1日発行〜


開業医のページ

開業医5年目をむかえて
えりクリニック 亀津 絵里(6期生)

 早いもので、藤沢市善行に開業し5年目になりました。市中病院で内科と麻酔科を両方やりながらの生活もそろそろ疲れてきた頃、まわりの人達が次々に開業する勢いにつられて開業してしまったのがつい昨日のように思われます。開業したいという強い思いがあったわけでもなく、それでもこれまでやってこられたのは、家族や多くの方々のお陰と改めて感謝している日々です。なぜ善行なの?といわれても、うーん?実は、自宅から30分以内でいけて、藤沢市内で、、、とインターネットでなんとなく探して見つけたのがこの場所でした。ろくにリサーチもせず、まわりに結構たくさん医院があるにもかかわらず、、、です。開院当初から全く変わらず一生懸命働いてくれるスタッフや、前の病院から多少遠いにもかかわらず引き続き通ってきてくださる患者さんや、地元の温かい人々など本当にまわりの環境に恵まれ今日まできていると思います。
 当院は、内科、麻酔科(ペインクリニック)、循環器科、神経内科を標榜しています。内科の患者さんが多いのですが、腰痛や下肢痛、頭痛、顔面痛、上肢痛、肩こりなど、いろいろな痛みを抱えている人も多くいらしてます。近隣の先生から帯状疱疹の痛みの患者さんや、どうしてもよくならない痛みを抱えた患者さんのご紹介をうけることも多くなりました。
 当院では、痛みのあるときにいつでも対応できるように予約はとっていません。硬膜外ブロックや、星状神経節ブロックなど、結構な数をこなさなくてはならないこともありますが、患者さんから感謝されるとほっとします。ペインクリニックはもちろんリスクを伴いますので、ペインクリニックで開業されている先生も次第にブロックをしなくなる傾向にあるようですが、私としては無理せず、でもできる限りやっていければと思っています。DCショックやアンビューバックも用意してありますが、幸いまだ大きな合併症を起こしたこともなく、これからもその点は心していかなければと肝に命じております。痛みの治療はブロックだけではなく心療内科的な部分も多くあり、患者さんの話を十分に聞き、痛みを理解してあげることでかなり改善することも多いのが特徴です。許す限り一人に時間をかける親身の治療と、なんでも相談できる身近な医療を常に心がけています。
 また、スーパーライザー、ホットパック、ウオーターベッドなど、全部で5台ベッドをおき簡単なリハビリができるようにしています。心電図・呼吸モニターもあり、呼吸機能検査、レントゲン、腹部・心臓・表在超音波、ホルター心電図そして頭・胸腹部CT検査もできます。神経内科も水曜午前中におこなっています。
 二人の息子も中学生になりだいぶ手も離れ、好きなテニスを楽しむ余裕もできました。人生も中間地点を過ぎ、これからの人生が充実したものになるよういろいろな意味で後悔しない日々が送れたらよいと思っています。


開業してから今までの軌跡
はぎの耳鼻咽喉科 萩野 仁志(6期生)

 1994年の5月に、東京の町田市で開業しました。小田急線 玉川学園駅のそばなのですが、教育関係者、医療関係者、官庁などの関係の方も数多く住む土地柄で開業当初は、厳しい患者さんの眼が気になったのですが、こちらがきちんと対応すると、かえって理解をしてくださる方たちが多く本当に働きやすい地で開業できたと思っております。
1)地域医療において
 なぜか杉花粉症などの症状が強い地域柄、アレルギーの症状の知識は患者さんを診ながら自然に蓄積されて行きました。耐性菌が急増して2歳未満の赤ちゃんたちの中耳炎が治りにくくなったのはどこの地域でも同じような傾向と思いますが、ある時期からセフェム系抗生物質の使用に偏る日本の抗生剤の投与法に疑問を持ちました。近隣の小児科の先生にも医院にお集まりいただき、抗生剤の使用方法を話し合い、今では中耳炎の際の第一選択はペニシリンを使うという習慣が地域の中で浸透しつつあります。
 扁桃炎にも以前はセフェム中心の処方でしたが、いまではPCGを中心に使用してもセフェムのころに比べてなんら治療効果に低下はみられておりません。むしろペニシリンの切れ味を感じるこのごろです。特定の地域の中で、抗生剤の使用内容が変化することが、その地域内での耐性菌の減少につながることが根室のケースなどで報告されており、町田での耐性菌減少につながれば良いなと思っております。
2)専門領域について
 耳鼻咽喉科の中で、音声を専門にしておりますが、昭和音大で音声学を教えながら、発声に関する研究を続け2004年の12月にそのまとめとして「発声のメカニズム」という本を発刊できました。(音楽之友社「医師と声楽家が解き明かす 発声のメカニズム」2004年12月)バリトン歌手の一人と長年発声指導を続けた結果、気がついたことをまとめてみました。クラシック、ポップスの歌手のみならず民謡、演歌歌手や、劇団の役者さんなどを数多く診察しております。
3)ネットで行なわれた患者サイドからの医療機関評価
 2003年のオリコン メディカルが行った、ネットを通じての患者サイドからの病院評価において、関東の全耳鼻咽喉科医療機関においてのランキングで自分の医院が13位に評価されたことは自分にとっての驚きであり、素直にうれしかったことです。(オリコン メディカル社「患者が決めた! いい病院」関東版 2003年9月)
 医師は、自分が行ってきたことが患者サイドにどう評価されているか普段は全くわからないのが現実なので、この評価法にたくさんの疑問な点はあるにせよ一定の評価が得られたことは喜ばしく、現在の診療における自分自身の励みにもなっています。
4)趣味
 クラシックピアノの演奏活動は今でも続けており、最近はムソルグスキーの「展覧会の絵」全曲の暗譜を行い、その一部をユニセフのチャリティーコンサートで演奏できました。ポップス歌手の友人もでき、ライブなどでゲスト演奏(ピアノ伴奏)も行っています。
 とかく単調になりがちな開業医の人生ですが、人生に飽きがこないように日々努力しながら生活しています。東海大学医学部の「名医より良医になれ」という目標を一生忘れることなく持ち続けたいと思っています。



▲ページのトップへ


10年間の開業を振り返って
ふじわら医院 藤原 敬且(6期生)

 昭和60年卒の藤原です。同年5月より山口大学第一外科に入局しました。山口大学出身5名、他大学出身5名の合計10名の同期入局者がいました。心臓、血管が主の科でしたが、小児外科グループに属し、大学と山口県内の病院で勤務しましたが、大阪高槻市と北九州小倉に1年ずつ赴任しました。学位は、食道閉鎖症の実験からいただきました。
 平成8年12月17日、ふじわら医院を旧熊毛町、現在の山口県周南市で開業しました。
 開業は、小児医療と生活習慣病医療を主として、事務員2名、看護師4名、看護助手1名、検査技師1名で始めました。開業したいという気持ちだけしかなく、無勉強、無計画での開業でした。診療に関しては、約3年半自宅と医院が同じ敷地内にあり、時間外も診ていましたので、深夜かまわず来院があり、家族をパニック状態に追い込みました。
 平成12年9月 周南市乳幼児健康支援一時預かり事業、病児保育室「わんぱくの国」開設、平成13年9月、疾病予防運動施設「はつらつ道場」開設、平成18年9月、コミュニケーション総合指導室「小さな森の演奏会」を開設しています。現在は、看護師5名、事務員3名、看護助手3名、検査技師2名、管理栄養士2名、保育士4名、放射線技師1名、言語聴覚士1名、臨床心理士1名、トレーナー1名の23名の職員がいます。
 興味があると何も考えず、自ら出向いたり、職員を派遣したりと、採算のとれない事業をし、投資した職員が退職するという無駄な事を繰り返してきましたが、好きな事に熱中でき、楽しい時期を過ごしたとも思っています。
 息子が自閉症である事から始めた発達障害指導は、私の最後の仕事だと思っています。専門家でない私がしなくてはいけない仕事ではないのですが、残りの人生をこれにかけていこうと思っています。
 勉強の嫌いな私を育ててくれた東海大学に感謝すると共に、今後の更なる発展をお祈りします。



村のより良い医療、介護をめざして
松林医院 松林 祐司(6期生)

1985年度卒業の6期です。
大学時代はテニス部で、すばらしい先輩、同僚、後輩にめぐまれ、さらに基礎体力までつけることもできました。最近はメタボリック症候群の腹囲85cmを超えそうで、家族に「軽くやばい」と言われていますが・・・
実家は長野県の松本から電車で約25分の山村です。人口約9千人、65歳以上の高齢化率が約35%を超えています。
近況をお話します。
大学卒業後は信州大学の外科に入局させていただき、12年前に父の診療所で開業(有床)しました。2年前から弟(整形外科)が一緒に開業してくれました。
介護保険施行と同時に、介護支援専門員の資格を取り、指定居宅介護支援事業所を併設しました。現在は約20名の利用者のマネージメントをしています。
昨年まで特別養護老人ホームの囑託医(弟と交代)もしていました。
医師会活動は介護保険審査会合議体長を終え、1月より国民健康保険診療報酬審査委員、広報委員などを担当しています。
学校医(保育園、小学校、中学校)もしています。
少子化も進み小、中学校とも5年前から全て1クラスです。
中学校では学校登山の付き添いで、北アルプスに行きます。高山病(軽度)をはじめ、喘息発作、過換気症候群、ツツガムシ感染など毎年いろいろ起きます。
最近は体力の低下も手伝い、リュック(点滴、救急薬品などが多い)の重さに苦労しています。
平成14年より星医会の長野県支部(信州フォーラム)が活動を始め、会員は約50名で、年に1回の総会と数回の幹事会を行っています。いままで総会講演会では、高木敦司先生、鈴木利保先生、灰田宗孝先生、田中豊先生、猪口貞樹先生にご講演いただきました。また金渕先生は毎回お越しいただき、合わせて感謝いたします。私も幹事の末席にて支部活動に参加させていただいております。毎回の出席者は約20名位です。決して出席率が良いとは言えませんが、これからも多数の会員の皆さんに参加して頂き、身のある同窓会にしていきたいと思います。
現在この地区にはあと3つの診療所と特別養護老人ホームがありますが、他に病院や高齢者施設もなく、介護・福祉のサービス体制も充分とはいえません。6年前に当院が都合で無床になったため、入院施設もなくなってしまいました。さらに特養は入所待ちが多く希望してもほとんど入れず、地域の皆さんは大変困っています。私の患者さん、利用者でも、急性期を過ぎ退院してくれと言われ、でも自宅では家族も老々介護や病弱で難しい、リハビリも入院、入所もできない患者さんがどんどん出てきています。
最近の報道では、厚生労働省は健康保険法改正で、2012年3月末までに、今ある38万床の療養病床が再編され、13万床の介護療養型ベッドの廃止、医療療養型の25万床から15万床の削減を決定しました。
この20万床以上の療養病床の廃止で、施設と居住系サービスも再編、転換は規定路線と言われていますが、受け入れ態勢が不十分のままでは、病院にとって採算のよくない、軽度の医療区分1ADL区分1・2の患者さんは退所、退院を余儀なくされ、行き場のない介護、医療難民が相当数出ると思われます。これからの5年間に、介護保険施設は施設一元化、在宅との給付のありかたで大きな荒波にさらされると思います。
今までの医療、福祉の経験を生かして、これからの私の希望になってしまいますが、是非、「村でも出来るだけの医療、介護を提供していく」を目標に地域の人々が安心して老後を選択し、送れる医療、介護システム(不足している高齢者入所施設を中心に)を取り組みたいと思います。




▲ページのトップへ
←目次へ戻る
←会報のページへ戻る