星医会 東海大学医学部同窓会
 
 会報(第38号)
 〜平成20年3月1日発行〜


開業医のページ

走ること
坂根医院 院長 坂根 浩弥

 卒後大磯病院や大学関連病院である池上総合病院での勤務を経て生まれ故郷の愛媛で内科開業医となりこの3月で丸10年となります。生まれ故郷とは言っても大学入学以来20年近くを伊勢原、平塚近辺で過ごしていた私にとって当初は「愛媛で開業医をする」のは感覚的に異境の地で医療とは全く別の仕事をする位の違和感がありましたがお蔭様で何とか現在に至っております。しかしその間様々な面で山あり谷ありの10年ではありました。諸先輩方からお聞きしていた通り実際のところ地域のかかりつけ医というのは非常に地味な仕事であり、現在でこそ慣れましたが特に開業後5年も経ってある程度医院が軌道に乗って来た頃却って仕事に対するモチベーションが保ちにくくりました。周りを見回しても同窓の先生は数えるほどしかおらず(近隣には5期生の真鍋上二先生や6期生の近藤均先生がご活躍中ですが)、腹を割って話し合える仲間がそばに居ることがいかに大切かをひしひしと感じる毎日でした。下手をするとこのまま鬱になってしまうのでは、と自分ながらに思い悩んでおりましたがそんな私を救ってくれたのがランニングでした。
 開業後通勤ゼロ分となり見る見るメタボリック症候群への道を歩み始めた我が四十路の身体を実感し始めた頃、大磯病院時代の仲間であり総合内科学教室の准教授となった小沢秀樹君や泌尿器科で開業後ご多忙と評判の増田愛一郎君がランニングをしているとの話を耳にしここは一丁自分も! と思い立ったのが事の始まりです。何事も継続が力と考えランニング歴3年になりましたが何とかハーフマラソンまでは走れる様になり来シーズン辺り東京マラソンでフルマラソンデビューを、と目論んでおります。(今年は残念ながら抽選に漏れました。)走るのが体調維持に良いのは勿論、少々の精神的なモヤモヤも走ることによって見事に昇華されるのが実感できました。大学時代バドミントン部の陸トレであれほど嫌いだったランニングに自分がのめりこむ事になろうとは夢にも思いませんでしたが、これが縁となって地元のマスターズチームに加入させてもらい駅伝を走ったり、興味の湧いたスポーツ医学を学ぶため日医の健康スポーツ医資格を取ったりと一個人としても医師としても多少は人生の幅が拡がったと言えば大袈裟でしょうか。また思わぬところでランニングによる縁が元で母校東海大学との繋がりを持つことが出来ました。
 私の住んでいる愛媛県西条市(昨年大ブレイクした秋川雅史氏の出身地として一躍有名になりました?)が東海大学と様々な面で提携する事となり、その一環として当地の石鎚山系を利用した高地トレーニングを核とする「合宿都市構想」メンバーに参画することになりました。その過程で東海大学スポーツ医科学研究所所長の寺尾 保教授とも懇意にさせていただく事となり是非とも東海大学の名をここ西条市で広めて行きたく気概を感じている所です。私の夢は東海大学の駅伝チームが我が西条市で合宿を行い箱根駅伝で大活躍してくれる事ですが、今年の箱根での残念な結果がもしかするとそれを後押ししてくれるのでは、などと不埒なことを考え始めております。(関係者の皆様、スミマセン)


大学病院の膝元で開業して
医療法人社団 武田クリニック 院長 武田 浩

 01年に伊勢原駅前で開業し、6年が経過しました。糖尿病専門外来をかかげ現在登録上で2100人、毎月1100名の糖尿病患者さんを中心に、高血圧、脂質異常症400名の診療も行っています。東海大卒業の常勤医、上原医師(糖尿病専門医)、酒井医師(抗加齢医学専門医)、非常勤守田医師(透析専門医)、東海大循環器、神経内科より岩田医師、大友医師を派遣していただき、私院長(糖尿病学会評議員、指導医)の医師6名、看護師5名(糖尿病療養指導士)、検査技師3名、管理栄養士2名、臨床心理士、治験コーディネーター、事務員4名(神奈川糖尿病療養指導士)のスタッフです。また研修施設として東海大研修医2年目が毎年3-4名、また医学部学生も研修に来ています。
 膝元での開業であり大学病院よりのご紹介もあり、病診連携も現在は良好の状態にあります。しかし開業医にとって大学病院は患者紹介先として必ずしも満足のいくものではありません。特に急患の対応では、現在でも緊急を要する患者さんを目の前にして、電話で依頼してもER外来担当医師、または外来看護師から、専門科の医師にタライ回しされ、受け入れの承諾を得るのに20分以上かかることがあります。その点伊勢原協同病院はスムースです。この現状は研修医、学生さんにも当院での研修で体験してもらっています。そのような苦言を東海大の幹部の先生に申し上げたところ、大学病院には診断がついた患者さんでなく、複雑で判断に迷う重症な患者さんを依頼するようにとのことでした。5年まえから 大学病院を中心としたエリアで開業している卒業生を中心に湘南医学研究会を立ち上げ、年に数回勉強会の場を当院で設けています。その中でもOBが紹介しても、好ましくない患者として扱われることがあり紹介しにくいとの意見も出ています。OB以外の地域の開業医がどのように感じているかは、推して知るべしです。
 新病院になり、在院日数を短縮し、年間?億の黒字をだす大学病院のなかで、中堅、若手医師の労働環境はあまり良好とはいえない現状もあり、解決には医師の評価、サポートシステムなどの見直しを含めた改革が必要でしょう。昨年発表された東海大学医学振興会のアンケートの中で、医療の崩壊を防ぐには、医師にゆとりを与えること、医療サイドがもっと主張発言すべきとの意見が多くみられています。能力のある中堅が忙しさの割に報われず、大学に残る意欲をなくし、他病院に逃げるようなことがないように大学病院の幹部も考えていただきたい。大学にいる同窓会会員も発言していただきたい。
 大学は良医育成のために地域の医療者を教育課程に取り込んでいます。病態臨床生理PBLのチューターを卒業生の勤務医開業医に、また医師会診療所実習を地域医師会の医師に依頼しています。東海OB、医師会会員として手助けできることは、お手伝いします。
 昨年東海大学OB、地域の医師を対象とした東海大学大学院医学研究科の主催する“がん医療に携わる専門医向けのインテンシブコースの講習”に参加させていただきました。大変有意義でこのような試みは大歓迎です。 
 東海大学卒業生の大学病院への定着率は平均以上ですが、お隣の北里大学にはかなり溝をあけられています。卒業生が卒後研修の場として選び、地域の医師、OBが安心して患者さんを紹介できる、魅力ある大学病院になることを願っています。
   医療法人社団 武田クリニック  〒269-1131 神奈川県伊勢原市伊勢原1-16-8 
 TEL0463-96-1024 FAX0463-96-1021


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ボクが開業前2年間で感じたこと。
あいクリニック泌尿器科・皮膚科 院長 増田 愛一郎

 2007年3月1日、小田急江ノ島線高座渋谷駅西口駅前に開院しました。大学退職後に貴重な2年間、いわゆる浪人生活を送りました。最初の一年間は神奈川のはずれの50床足らずの病院で泌尿器科を新規で行うと同時に内科を中心に研修しました。小さな病院でしたが、前立腺肥大症や膀胱癌の内視鏡手術、前立腺生検などの開腹手術以外は大学勤務時代同様に行っていました。そこの病院には、毎週獨協医大麻酔科の先生が来院され、神経ブロックや東洋医学の手ほどきを受けました。フリーな時間に寒川病院皮膚科と武田クリニック糖尿病専門外来で勉強させて頂きました。後半一年間は無所属完全バイトスタイルで過ごしました。1年の内科研修後に湘南東部総合病院総合診療科での土曜日初診外来はすごく勉強になりました。初診を中心に半日で30人くらいの患者さんを診るのですが、重度の糖尿病の方、喘息発作で来院される方、慢性頭痛で困っている方、などに納得する処置をする。そこからわかったことは半数の方が病気ではなく気の病であること。その方に、栄養学を中心とした、ビタミンや食事そしてエクササイズの指導をすると薬なしでも納得が得られることに気付きました。このように診療の幅が広がったのも、浪人時代の健康スポーツ医研修とサプリメントアドバイザー試験に向けた勉強のオカゲと思っています。専門である泌尿器科一辺倒では、絶対に経験できなかったことを体験しました。
 この根幹にあるのが「医療における納得の指標」です。だれもが、自分の健康が心配で医療施設に来院されます。症状をなくしてしまえば、病気を治してしまえば、極端な話、そこに何のコミュニケーションなしでも多くの患者さんは納得するでしょう。しかし、医療現場の最前線にいた医師ならば、「目の前の患者を治すことが医療だ!」などと大上段に構えて言えないことくらい分かっています。生活習慣病にせよ癌にせよ、治せない疾患にどのように対応して患者さんの納得を得るのか?5年前、東京医大病院で留学帰りの助教授による心臓手術で、4人続けて死亡した事件。心臓外科の第一人者のひとり、大和成和病院の南淵先生が、読売新聞の論点で述べたこの事件についてのコメント「患者は永遠の命を求めて病院に来るのではない、納得を求めて病院に来るのだ」その言葉の中に、答えのひとつがあると思っています。
 2年間で多くの星医会の先生方にお世話になりました。寒川病院では硬式庭球部先輩の鳴海先生,今井先生、また繁忙な臨床業務にも関わらず傍でちょこんと座って勉強させて頂くことを許して頂いた皮膚科の品川先生、田宮先生、赤坂先生、同級生の武田クリニック武田先生とケセラスキンケアクリニック築丸(旧姓:藤田)先生、まったくの畑違いにもかかわらず小児診療を教えて頂いた、ちどりこどもクリニックの久保田先生。この場を借りて御礼申し上げます。
 そして、平成18年度より分子生命科学石井研究室のOB第一号研究員となり石井直明教授のご指導のもと「病気になりにくい身体つくり」をより多くの方に提案すべく頑張っています。泌尿器科診療はもちろんですが、新しい医療の形が示せればなどと、まだ見えぬ夢を描くことを夢見ている開業初年度でした。今後とも宜しくお願い致します。


回想 ―卒後二十二年―
松崎医院 副院長 松崎 三千代(旧姓 福地)

 この夏、卒後初めて東海大学病院を訪れました。敷地一杯に新病棟が広がり相変わらず立派な佇まいですが、学部棟の掲示板などは昔のままで懐かしさがこみ上げてきました。星医会会報は、卒後すぐに母校を離れた私にとっては、同期生の活躍の様子等を知り、母校を身近に感じることのできる貴重なものとして楽しみに読ませていただいおります。今回原稿依頼をいただきましたので、拙い文章で恐縮ですが思うままに書かせていただきます。
 私は群馬大学生体防御内科(旧第一内科)に入局し、消化器を中心に四年程研修しました。短い間でしたが良き同僚や指導医の先生方に恵まれて、他大学出身の私にとっても居心地の良い充実した期間でした。その後、医局の先輩であった主人が義父の診療所を継ぐことになり、主人とともに現診療所「松崎医院」に入り、副院長という立場で十数年を過ごしてきました。私の診療所は関越自動車道高崎インターのすぐ近くにあります。近くにお越しの節はぜひお立ち寄りください。地方の町医者ですので、消化器が専門ではありますが、風邪ひきから、高血圧、糖尿病、義父が外科医でしたので簡単な怪我の処置や腰痛まで何でも診ます。外来の他には、近くの企業の日帰り人間ドックや産業医をしており、これらは主に私の担当です。患者さんの半数は地域のお年寄りであり、もちろん往診もします。時には世間話などもしながら患者さんの話をよく聞き、人と人との結びつきに重点をおいた医療をすることが、開業医にとっては大切だと思って日々の診療にあたっています。先日、私たちの代になってからのカルテ番号が一万番を越え、小さなお祝いの会を従業員と家族でしました。
 自分の診療所の他にも、週三日程外勤をしています。藤岡市の篠塚病院というところで、消化器の外来と検査や療養型の病棟を診ています。前橋市の群馬県健康づくり財団でも、非常勤で長い間胃集検の仕事をさせてもらいました。外勤先では、大学から派遣されている先生方とお話する機会も多く良い勉強になります。私のような未熟者が、働く場所に恵まれ、働き続けることができとても感謝しております。
 女性医師にとっては、仕事と家庭や育児との両立は大きな課題であるでしょう。私も子どもたちが小さい頃は育児優先の生活で、両立どころではなかったと思います。日々の生活に追われる毎日でした。当時も少しずつ仕事を続けてきましたが、今でも若い頃の経験不足や勉強不足を反省し悩むことがあります。気力も体力も充実して吸収力にも優れた若い頃こそ、何よりも仕事に打ち込むべきなのかもしれません。しかし、悩んでばかりでも仕方ないので、自分のできる範囲のことを誠実にやっていこうと思っています。もちろん医学は日進月歩しているわけですから、新しいことを前向きに勉強する姿勢も忘れたくないものです。
 卒後二十二年はあっという間の日々でしたが、多くの方々に支えられ、なんとか無事に過ごしてきました。二人の娘は高三と高一になり、長女は今春より医大生となります。余暇を楽しみ、地域のボランティア活動をすることも多くなりました。「名医より良医を」という東海大学の教えを胸に、これからも地道に歩んでいきたいと思います。
 最後になりますが、東海大学の益々のご発展と、同窓生の皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り致します。


肝臓病診療の風景
森内科医院 院長 森 哲

 昭和61年に東海大学医学部を卒業し、1年間研修した後、2年目で大分に帰りました。大分では、大分医科大学医学部第一内科に入局し2年目の研修を同付属病院でしました。昭和63年から2年間は、山香町立国保総合病院(現杵築市立山香病院)内科で内科一般を勉強しました。このとき九州大学第3内科から来ていた先生が、肝臓癌(HCC)にエタノールを注入するPEIT(経皮的エタノール注入療法)という治療をしているのを見て、衝撃を受けました。このときが肝臓癌に対する内科治療とのはじめての出会いだったと思います。
 もっと肝臓病の勉強をしたいと思い、当時大分で最も肝臓病治療で有名だった国立大分病院(現大分医療センター)肝センターに平成2年から平成7年までの5年間行かせていただきました。ちょうど平成元年にC型肝炎ウイルスが発見され、平成4年にインターフェロン(IFN)療法が認可されたときで、PEITも開発されたばかりでした。その当時、国立大分病院には熊本大学第3内科から肝臓専門医が来られていて、経動脈的肝動脈塞栓療法(TAE)の手技を教えていただきました。その頃のHCCに対する内科的治療はTAEをし、その後PEITをするというのが主流でした。この治療での5年生存率は30-40%くらいでした。一方、IFN療法はIFN単独治療を半年間するという方法しか認められておらず、著効率は約30%(1b高ウイルスで約5%)でした。
 平成7年から5年間は、再び大分医科大学で肝臓疾患の臨床研究をさせていただきました。この5年間での肝臓病治療の一番大きな変化は平成11年にラジオ波熱凝固療法(RFA)が日本に導入されたことだと思います。我々はいち早く(平成11年10月)RFAの機械を購入し、治療を開始しました。この8年間でRFAを施行した患者さんは300例(延べ1000例)を超え、RFA適応例の5年生存率は69.3%とPEITの時代と比べ飛躍的に伸びました。
 平成12年4月から森内科医院の院長をしておりますが、開業した現在でも、週に2日、杉村記念病院で肝臓病外来と肝臓癌治療(TAEとRFA)のお手伝いをさせていただいております。最近5年間での一番の変化は、ペグIFN+リバビリン療法の出現だと思います。これにより、IFNが効きにくいとされている1b高ウイルス量の患者さんの著効率は約50%、低ウイルス量の患者さんなら、70-80%が治る時代になりました。『C型肝炎の患者さんは、IFNをやっても治らない、HCCの治療を繰り返し行っても5年は生きられないと思われていた時代』から、『IFNによりどんどんウイルスが消え、「HCCは切らずに治そう」と言える時代、集学的治療で10年生存も夢ではない時代』へ、肝臓病診療の風景は大きく変化しました。
 開業した現在でも、臨床で学んだことを出来るだけ学会等で発表するようにしています。平成18年は第42回日本肝臓学会総会と第13回日本門脈圧亢進症学会総会のパネルディスカッション、第88回日本消化器病学会九州支部例会のシンポジウム、平成19年は第43回日本肝癌研究会のパネルディスカッション、第14回日本門脈圧亢進症学会総会シンポジウムなどでも発表させていただきました。また昨年は肝臓学会主催「肝癌撲滅のための市民公開講座」の開催責任者を一年間させていただきました。今後も勉強して、少しでもお役に立てればと思っています(なんてちょっとかっこつけ過ぎですね)。
 東海大学を卒業して20年が過ぎました。星医会のお仕事をすこしさせていただくようになり、同窓会の有り難さと楽しさを実感しています。今後とも、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。




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