星医会 東海大学医学部同窓会
 
 会報(第42号)
 〜平成22年3月1日発行〜


◆訃報◆ 大越正秋先生を偲んで
巨星墜つ
長田 恵弘(1期生)

 日本泌尿器科界の巨星墜つ。日本泌尿器科学の重鎮大越正秋先生が平成21年7月31日天寿を全うされ天国へと旅立たれました。享年96歳でした。
 大越先生との邂逅は大学1年生の医学概論の講義でした。印象は長身で姿勢がよく威厳と風格があり教授という言葉が相応しい先生でした。残念ながら肝腎の講義内容は全く記憶にありません。よもや泌尿器科学を専攻するとは正直思っていませんでしたが6年生になり医局を決定する際、指導教員が大越先生であったという関係??と入局すれば何とかなるだろうという安直な考えで入局を決め大越門下の末席に置いて頂きました。
 入局後私の見た大越先生は待つことが苦手と食べるスピードが早いけれども穏やかで怒ったところを見たことがありません。ゴルフ好きそしてお酒好きで大変な酒豪でした。仕事が終わり黄昏時医局でビールを飲んでいると「僕についじゃいけないよ!ダメだよ!これから帰るんだから!!」手酌でビールをすさまじい勢いで飲んでいきました。確か大越先生は車通勤をされていると記憶していたのですが私の誤りだったのかも知れません。
 学術面では化学療法の大家でした。系統講義の時「これがペニシリン骨格。こっちがセファロスポリン骨格。側鎖にコレがつくとビクシリン。コレコレがつくとセファゾリン。」 立板に水が流れるように黒板に側鎖が並びます。スラスラとよく出てくるもんだと感心して眺めていました。
 目を閉じ今は亡き大越先生を思い出すと長身で姿勢がよく温厚で柔和な顔立ちが見えます。天国では好きなお酒とゴルフ三昧で楽しんでいると思います。大越先生の御冥福をお祈り申し上げます。


常に紳士たる大越先生
宮北 英司(2期生)

 大越先生は、常に“Every patient is very important person, 患者すべてがVIP”とおっしゃられておりました。東海大学2期生の卒業で、大越正秋先生が、まだ伊勢原の泌尿器科教授をなさっていたときに泌尿器科に入局した数少ない卒業生ですが、入局した時には、大越先生は遠い遠い雲の上の存在に思っていました。当時の大越先生に対する印象は、背筋の伸びた紳士、誰が見ても教授に見える、常に清潔である、一見怖そうに見えるが実は人懐っこい一面を持っておられ、冗談(駄洒落が多かったですが)をよく言うというものでした。
大越先生と一緒に仕事をさせていただいたのは初期研修医のときだけですが、常にやさしく、ときに教授回診では厳しく御指導いただいたのを記憶しています。いろいろな先生との思い出がありますが、小生の初めての学会発表が東京であったときに“わしの車で行こう。乗せていってやる。”と連れて行って頂き、他大学の先生たちにも紹介していただいたこと、また留学中に、先生の直筆で、手紙を何回かいただいたことは忘れられません。当時、長崎普賢岳の噴火、それに野菜の高騰、日本経済バブル崩壊など日本の様子を教えていただき、大学では接することの出来ない意外な一面でした。また研究についても心配していただき“焦るな、ゆっくりやりなさい”と助言を頂いたことを覚えており、先生の優しさを痛感いたしました。
学問においては、感染症の業績をたくさん重ねられ、抗菌薬の薬効評価基準を作られ、また国際UTI研究会を立ち上げ、多方面に活躍され、ゴルフなど趣味にも熱中され、今後も先生を目標に精進して行きたいと思います。
常に尊敬する大越先生、next worldでも是非ご一緒させてください。そのときはゴルフもご一緒させてください。


大越先生を偲んで
田中 元章(5期生)
 去る7月31日大越先生の訃報を聞き、大変寂しく思っています。96歳でした。
 25年前、泌尿器科の医局に入局した私は、大越先生から見れば孫弟子でありました。出来の悪い学生だった私の入局を喜んでくださいました。
 学生の時から泌尿器科の研究室に出入りしていた私は、時折河村先生の実験を手伝わせていただいておりました。実験室でピペットを吸っていると、よく声をかけていただいたものでした。
 研修医のときに先輩にしかられている私をかばってくださった事もありました。お若い頃はとてもおっかない教授だったと伺っておりますが、私には優しい方だったとの思いしかありません。ある日、外来が始まる直前、私は大越先生から手招きでそっと呼ばれました。何か失敗をやらかしたかと冷や汗をたらしていると、ネクタイの締め方を教えて下さいました。きっと当直明けでよれよれのネクタイを見かねておられたのでしょう。いつもダンディで蝶ネクタイの良く似合う先生でした。
 東海大学を退官されてから、先生は医療法人松和会の理事長に就任されました。ご縁がありまして私も松和会の池上総合病院に勤務する事になり、また御一緒させていただく事になりました。すでにかなりの御高齢でしたので、時々体調を崩されては、池上総合病院にご入院されて来られました。入院の際に、主治医に向かって一言、「延命処置は不要」と宣言して入って来られました。かっこ良かったな。
 一度、尿閉になり内科の主治医が導尿を行おうとしたところ、「田中君を呼べ」と言われました。嬉しかったな。不祥の孫弟子にとって、偉大な泌尿器科医の先生の導尿の御指名を受けるなんて最高の栄誉じゃありませんか。恐れ多いと思いつつネラトンカテーテル入れさせていただきました。
 こうして大越先生を思い出しながら文章を書いていると涙があふれてきます。書ききれない思い出が次々浮かんできます。ありがとうございました、先生には大変お世話になりました。心よりご冥福をお祈りしています。


- 会員の訃報 -
  お亡くなりになられた皆様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
     平成21年12月10日  4期生  原 唯純 先生
     平成22年 1月 8日   1期生  斉藤 斉 先生




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