星医会 東海大学医学部同窓会
 
 会報(第44号)
 〜平成23年3月1日発行〜


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病気とたたかう子どもたちに
夢のキャンプ(そらぷちキッズキャンプ)を創る


東海大学八王子病院小児外科 
平川 均(6期生)

 前東海大学小児外科教授の故・横山清七先生は、2003年12月、自身が会長となられた第19回日本小児がん学会で、入院治療を終えた子どものキャンプによるQOL(生活の質)向上をテーマに掲げ、病を治すだけではなく、患児の心を癒し、患児を囲む家族、その他の問題全てを含めての綜合的なケアの重要性を全国に発信した。翌2004年3月、横山先生は「そらぷちキッズキャンプを創る会」を設立し会長に就任、実現に向けての第一歩を踏み出した。横山先生ご退官の月に一致し、これからのライフワークとして、キャンプを創る北海道への単身赴任も辞さない意気込みであった。しかしそれは最も不本意な形で断念された。あろうことか夢が叶う前に一生が終わってしまったのである。キャンプ創りに取り組んでからたったの2年後の梅雨であった。横山先生が残した闘病中の手記の有名な一節に、“夢があることは幸せである。夢の実現を成就と称し、これは嬉しいことである。しかし、成功した時と、夢を追って”夢中“になっている時とどちらが幸せだろうか・・・。”とある。最期まで夢中になれるものがあった横山先生は、幸せな生涯だったのかもしれない・・・がしかし、志半ばで病に倒れた無念な思いが病床でのつぶやきとなったのである。 “そらぷちキッズキャンプ”とは、難病とたたかう子どもたちのために、北海道滝川市が16haに渡る広大な草原を提供してくれた国内のみならずアジア初の医療施設も備えた自然体験施設である。難病のひとつである小児がんの子どもたちは骨髄移植を含む厳しい治療を受け、級友からは遠ざかり、家族とは離れ離れという長期間の入院生活を必要とする。退院後も外来通院、抗癌剤治療が必要で、この間、あれは駄目これは駄目と日常生活に於ける制約を受けることが多い。約70%の小児がんが治るようになった現在、癌の告知・再発・死の恐怖・両親や家族との関係・学校・就職・結婚など子どもたちが多くの悩みと不安を抱えていることが明らかとなってきた。病気を治療するだけではなく、これらの問題に取り組む 「Total Care」が必要となった。
 アメリカには、病気そのもの、あるいは治療のためにキャンプなどの集団生活に参加出来ないこども達のために、大自然の中で仲間との生活を楽しめるように、簡単な処置・輸血・点滴などが可能な診療施設を持つ
The Hole in the Wall Gang Camp*(*病気の子供たちにも健康な子供と同じようなキャンプ生活を体験して欲しいという主旨で映画俳優の故Paul Newmanが設立した難病の子供たちのためのキャンプである。)が存在し、こんなキャンプを日本にも創りたいと横山先生は考えた。そらぷちキッズキャンプは、闘病生活中でも、安心して、安全に楽しく過ごせるよう、医師・看護師による医療的バックアップを受けながら専属の野外スタッフ・ボランティアが遊びのプログラムを提供し、「楽しい思い出」「すばらしい仲間」「生きる力」「希望」を体感してもらうことを目指している。夏はグライダー・乗馬・野菜の収穫・カヌー・BBQで、冬はスキー・スノーモービル・雪合戦・橇などで遊ぶ。そして、1日の終わりには、揺らめくキャンドルの灯の中で、その日の出来事、抱える悩み、将来の夢などを語り合う。キャンプ内では、名前を使わず、各自が選んだ愛称で呼び合う(例:横山先生→YOKO、私→ひらりん)。キャンプを通して、子どもたちが同じ病気・悩みを持つ子と一緒に、制限から開放され種々のプログラムで活動するうちに、自らの力を知り、何よりも大きいことは“一人ぼっちではない。“と知る。
 横山先生の亡き後、そらぷちキッズキャンプ創りの情熱の灯は消えることなく多くの人に引き継がれていった。キャンプは、アメリカ同様、寄付で運営を支えていくため、学会やイベントでの活動報告、テレビや新聞を通じた広報を行い、少しずつ知名度を上げて行った。2007年度には、専用施設の建設を一部開始し、2008年度にはキャンプ場を運営する組織として一般財団法人を登記、昨年2月にとうとう、寄付金にかかる損金参入限度額の特例等の優遇措置が適応される公益財団法人として北海道知事より認定され、横山先生の撒いた種は、6年の歳月をかけて芽生えた。さらに宿泊棟や食堂棟などの主要施設の建設にも着手、来年の2012年秋には自前の施設が完成し、いっきに開花できるまでに到った。しかし、実を結ぶにはまだ早い。なぜなら、そらぷちキッズキャンプの運営を継続するには、人手と物資が不可欠で、年間一億円にも及ぶ経費を、全国の個人・企業・団体・法人からの会費や寄付によって毎年捻出しなければならないからだ。私は、恩師であるYOKOの柩の前で、YOKOの遺言ともいえる果たし得なかった夢の“そらぷちキッズキャンプ”創りに力添えすることを誓った。体を張るしか能のない自分は、唯一持つ資格を最大限利用し医療ディレクターと称する付き添い医師として、キャンプイメージの共有や医療支援体制の検証を行うために毎年行われている15回プレキャンプに参加してきた。このように個人の力添えが、キャンプを支える原動力になる。横山先生の思いの篭ったそらぷちキッズキャンプに一人でも多くの人が共感して、会員登録、募金箱の設置、専門知識や技術の提供、周囲への広報活動などご自身のできる範囲で、末永く病気のこども達を応援して頂ければと願う次第である。
(公益財団法人そらぷちキッズキャンプhttp://www.solaputi.jp/index.html 電話 0120−75−3200)
 最後に、このような稿の機会を与えて頂いた星医会会長の金渕一雄先生並びに星医会会員の方々に深く感謝申し上げます。そらぷちキッズキャンプに少しでも興味を持っていただいた方は、なんなりと平川までご連絡頂けましたら幸いです。(hhitoshi@hachioji-hosp.tokai.ac.jp  080-3028-2469)

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厚木星医会倶楽部の紹介
厚木星医会倶楽部世話人会

 新進気鋭の若手の話を聴こうじゃないか。
こんなコンセプトで厚木星医会倶楽部は2003年に産声をあげました。
星医会の支部ではありませんがその冠を頂戴し、年1回の学術講演会を開催しています。
11月の冷たい夜風の中、自分だってまだ若いと信じて疑わない厚木界隈の同胞たちが、診療後の心地よい 疲れを感じつつもロワジールホテル(旧ロイヤルパーク)に馳せ参じます。同胞とは、厚木市、愛川町、清川村において開業・勤務している卒業生ならびに東海大学病院で研鑽した先生方です。
以前にも一度この誌面で紹介させていただきましたが、この会は既に厚木市で開業し地域医療に貢献していた卒業生らが音頭を取り発足いたしました。厚木循環器・内科クリニックの吉川 広先生が会長を、内科・小児科窪田医院の窪田隆浩先生が代表世話人を務め、その後も同胞は増え現在では総勢50余名となりました。
 厚木星医会倶楽部は「母校との病診連携を深めつつ自らの知識を磨く」ことを理念としております。このために、母校勤務や各方面の最前線で活躍していらっしゃる主に若手の先生をお招きし、毎回up to dateな講演をいただいています。こちらも肩肘張らずに訊きたい事が聞ける、楽しく有意義な会です。
これまでにお越しいただいた先生方を紹介します。2007年と2008年は二人の先生を招きました。



  2003年 東海大学循環器内科 吉岡公一郎先生 「ブルガダ症候群の最近の知見」
  2004年 東海メンタルクリニック 長島克彦先生 「うつ病の診断と治療」
  2005年 藤沢市保健医療センター 車田知之先生 「胃癌高危険度群への効果的検診法」
  2006年 わたなべ泌尿器科クリニック 渡辺聡先生 「前立腺肥大と過活動膀胱」
  2007年 東海大学脳神経外科 厚見秀樹先生 「切らずに治す脳外科」
       東海大学腎内分泌代謝内科 豊田雅夫先生 「慢性腎臓病の現状と対策」
  2008年 もうえクリニック 馬上喜裕先生 「外来での呼吸器感染症」
       東海大学呼吸器外科 岩崎正之先生 「肺癌に対する胸腔鏡治療」
  2009年 ひかりこどもクリニック 太田和代先生 「予防接種に関する最近の話題」
  2010年 峯崎整形外科 峯崎孝俊先生 「整形外科医が取り組んでいるロコモ」



多忙にも拘わらずお時間を作って下さった先生方にこの場を借りて再度御礼申しあげます。
これからもバイタリティー溢れる先生をお招きし、さあ、講演会の後はささやかに立食の懇親会を楽しみます。この会を賑やかに続けてゆきたいと一同念じております。
各地の星医会の皆さんもご経験のように、ここでのタテ・ヨコの情報交換がとっても重要。話が弾むとついつい飲みすぎてしまうことも。おっと、明日の診療を妨げないよう今晩のお酒はこの位にしておきまひょ(8期 日高)。




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