星医会 東海大学医学部同窓会
 
 会報(第46号)
 〜平成24年3月1日発行〜


◆訃報◆
池田憲久先生(19期生)を偲んで
東海大学大磯病院リハビリ科 霜田 直史(19期生)

 本学19期生の池田憲久先生が、平成22年5月18日に亡くなられたとの連絡があり、突然の訃報に大変驚きました。
 池田先生は一橋大学を卒業後、会社員の経験を経て、本学19期生の19名の学士入学の一人として大阪からこられました。地元では幼い頃から池田さんちの優秀3兄弟の一人とのことで勉強が確かによく出来ました。
 医学部当時のエピソードですが、同期で医学部2年生の解剖実習の時に同じ班であった人からのお話は、池田さんは学士入学で現役の学生より年上とのことで非常にまじめそうな雰囲気があり、当初は何となく話しかけづらいとの印象があったとのことでしたが、実際は、気さくで、大阪人らしくユーモアがあり、いつも同級生を大笑いさせ「ニヤリ」とするのが常で、シュールなギャグでチクリと風刺が効いていて、長く厳しい解剖実習も池田さんのおかげで楽しく乗り切れたそうです。
 また、池田さんは気さくで面倒見もよく、学生時代、困ったことがあるといろいろと相談にのってもらった同級生も多かったと聞いております。
 私とはたまたま、学生時代に住んでいたアパートが同じであり、学校の帰りに車に乗せてもらい、よく送っていただきました。大阪人らしく、ちょっとせっかちでしたが、非常に安全運転でした。しばしば途中で近くのファミリーレストランに立ち寄り夕食を食べに行きました。池田さんは知識が非常に豊富であり、政治の話や、経済の話、趣味の歴史やお寺などの日本文化の話など、ユーモアを交えていろいろ話してくれて、話題が尽きず、時間が経つのも忘れて、いつも話が盛り上がっていた記憶があります。
 試験前は、よく医学部の図書館で、椅子の上にあぐらをかきながら座り、頭をかきながら試験勉強をしていた姿が思い出されます。よく勉強でわからないところを教えてもらいましたが、非常に深く勉強されており、教え方もユーモアも交えながら教えていただき非常よく理解出来ました。
 胸部外科の小出先生には、一橋出身という事でとても気に入られていました。小出先生宅は国立あたりにあり、いつも一橋大生を自宅に招いてご馳走していたとの事で、えらく一橋大生を気に入っており、小出先生とタメで話せる珍しい学生でした。趣味は温泉や、歴史巡りで、学生時代、他の友人と池田さんと3人で、大阪から車で、四国を旅行し、道後温泉、金比羅神社、松山城、姫路城などを巡り、そのときも池田さんに案内をしていただき、学生の気ままな旅行で楽しかった記憶があります。
 医師になってからしばらくは、疎遠になった時期もありましたが、大阪の病院で精神科の研修をされ、病院勤務ののち開業されたと風の便りに聞いておりました。卒後しばらくして、突然、池田さんよりメールをいただき、学会で上京するのでとのことで久々に再会し飲みに行きました。
 仕事のこと、家庭のことなどいろいろ話し、久々に楽しい時間でありました。お互い子供が同じ年代であり、子供の話で盛り上がりました。お子様のお話をされる時、非常に楽しそうに話をされていたのが印象的で、奥様を気遣う言葉もあり、非常にご家族を大切にされているのが言葉の端々に感じられました。別れ際に駅で、池田さんが、また「また今度,学会で上京するときは、声をかけるので、飲みに行こう」と笑顔で約束し別れましたが、もうその約束も二度と果たされないのかと思うと、とても残念です。
 また仕事に対しても、年々増加している鬱による自殺者を減らすことに少しでも貢献したい、と話していました。卒業後、しばらくして大阪で精神科を開業し、薬に頼らず、患者さんと向き合って診療をしていく先生として評判だったとのことです。仕事もまだまだやりたいこと、やり残したことが多かったと思います。また、ご家族を残して逝かれてしまうことは、池田先生にとってさぞかし、無念であったと思います。心からご冥福をお祈りいたします。




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