星医会 東海大学医学部同窓会
 
 会報(第46号)
 〜平成24年3月1日発行〜


開業医のページ

 毎年、卒業生で開業された先生方より近況報告の原稿をいただいて掲載しております。
本号では9期生に原稿依頼をいたしましたが、毎年3月号に本コーナーを設けておりますので、卒業期を問わず、投稿をお願い申し上げます。
 というわけで、今回は4名の先生方からの近況報告です。

開業五周年
田宮こどもクリニック院長 田宮 貞人(11期生)

 東海大学を卒業後、東海大学付属病院小児科に入局後、前期二年間、後期一年間を同病院で研修しました。後期二年目に町立浜岡総合病院(現市立御前崎総合病院)に出向し、三年目に佐野厚生総合病院に出向し後期研修医を終了しました。その後、浜松医科大学付属病院小児科で二ヶ月ほど所属した後、再び町立浜岡総合病院に平成十八年夏まで勤務しました。
 本来ならば、東京・世田谷区の父の診療所の後を継ぐ予定でしたが、少子化でこどもの数の減少が激しい世田谷よりまだ減少が緩やかで、長年住み慣れた浜岡の隣、菊川市で開業してもう5年が経ちました。
 開業当初は、どれだけ患者さんが来てくれるか大変不安でしたが、予想よりもに順調に患者数が伸び、忙しく診療させていただいております。本当なら、一人一人の患者さんと向き合い、診察、説明をゆっくり時間をかけて行わなければならないのでしょうが、最近では、小児の予防接種の種類も増えたこともあり、来院される方がとても多く、ついつい流れ作業となってしまうこともあるので、毎日反省の連続です。そのような中で、ほぼ落ちこぼれであった私が何とかやっていけているのは、故木村教授をはじめ、高倉教授、オーベンの先生方、諸先輩の先生方のご指導によるものと感謝しております。
 開業五年が経った当クリニックに来院されるこどもたちはなぜか元気な子が多く、名前を呼んでもプレーコーナーで遊んでいてなかなか診察室に入ってくれません。診察が終わると、母親とまだ話しているのに待合室にテレビを見に走って行ったりと、本当に病人なのかわからない子多いのが現状です。「お母さん、これだけ元気なら特に問題ないよ。」と説明すると、母親曰く「家ではぐったりしていたのに、○○ちゃん、ちゃんとおとなしくしていないとだめでしょ!!」、するとこどもが「だって、くまさん先生のところに行きたかったんだもん。」と言い出す始末です。また、最近は、イクメンのお父さんや祖父母ががこどもを連れてくることが多いのですが、私が「お父さん、今日は○○ちゃんはどうされましたか?」と尋ねると「いやー、嫁に熱が出たから連れて行けといわれて、詳しいことはなにもわからん。」と、病歴がさっぱりわからないことも多々あります。このような事が、父親、祖父母だけかと思いきや、母親までもが、まだしゃべれない子に「○○ちゃん、いつから熱が出た?」と、聴きだす始末です。みなさん、何を考えているのやら・・・。そんななか、先日、女の子の患者さんから『くまさん先生、ねつをさげてくれてありがとう』と手紙をもらいました。幼稚園で習ったひらがなで、一生懸命書いてあって、大変うれしく小児科冥利に尽きるとはこのことでしょう。
最後に、最近、アマチュア無線に凝っています。JR2FKLというコールサインでいろいろなバンドで出ていますので、無線家の方、聴こえていましたらお声がけください。


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開業20周年に感謝して
林間メンタルクリニック 河野 正明(1期生)

 当院は、昨年10月1日に開業20周年を迎えることが出来た。理想と現実の狭間で、揺れ動きながらの歩みであったが、当院ならではの、質の高い診療を提供できているのでは、と自負している。ご指導くださった先生方、支えてくださった同僚・後輩、地域の先生方、保健所等関係機関の皆様、当院のスタッフ、何よりも共に歩んで下さった患者さんに感謝したい。この場を借りて、「ありがとうございました。」と申し上げる。
 1991年10月1日に、院長:河野貴子(私の妻)が、子育てと医師としてのアイデンティティを両立すべく、一念発起して、小田急線南林間駅近く、わずか19坪でスタート。半年間ボランティアで、看護師(村瀬弘美さん)とケースワーカー(小田敏子さん)に支えられ、患者さんの一人も来ない日を乗り越えてきた。1997年から、私(河野正明)も参加、現在の場所に移転し、当院の基礎が固まった。その後、恩師の一人、村瀬寛先生にも加わっていただいた。自費で精神療法を行う「林間カウンセリングセンター」も開設したが、時期尚早、地の利非ず、6年で縮小して当院内に併設の形で存続することにした。
 そんな中、私は体調を崩し入院、休診した。その時もまた、保坂隆先生のご紹介で良い治療を受けることが出来た。尾久裕紀先生、長田龍一郎先生には、代診をお願いして、大変に助かった。
 現在は、院長と私、そして村瀬寛先生が他院院長としてご栄転された後に、小林要二先生に加わっていただき、医師3人で診療している。看護師は1名だが、開院当時からのベテランだ。パートタイマーを含め6名の臨床心理士は、経験豊富な頼りになるスタッフである。受付も個性豊かな6名(1名は経理担当)の女性達、それも当院の名物の一つである。
 当院の自慢は、提供できる精神療法の多様さである。治療技法的には、精神分析から、精神分析的精神療法、カウンセリング、最近流行の認知療法、自律訓練、さらにはニューロフィードバックまで、個人・夫婦・家族・グループも出来る。この力を、活用していくことが課題だ。また、皆様にもご活用していただければと願う。
 東海大学精神科学教室で、あくせく働き、ご指導を受けながら必死で患者を診ていたら、いつの間にか、いろんなこと(精神療法)が出来る医者にして頂いていた。一人一人お名前を挙げることはできないが、「感謝」の一言である。


〒242-0003              
神奈川県大和市林間2-1-24青木ビル3階  
TEL:046-272-1560、FAX:046-272-1563 
HP:http://rmc.pro.nu/        
併設「林間カウンセリングセンター」  
TEL:046-272-5489           
HP:http://www.rinkan-counseling.com/ 



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開業まもなく19年
松本医院院長  松本 雅彦(1期生)

 さいたま市(旧大宮市)のこの地に内科、小児科医院を開業して早や19年になろうとしています。1期生として卒業後、大学院で生化学(現在の分子生命科学、勝沼恒彦教授に師事)を専攻し基礎医学者をめざしました。大学院終了後は助手になり、その後アメリカの大学の研究室に勤務し論文も多く書き、帰国後も大学に残って研究を続けるつもりでした。
 しかし、師事した勝沼教授が急性白血病で亡くなり、方向転換を余儀なくされました。そこで、大学院在籍以来臨床は第六内科(三輪剛教授)でお世話になっていましたので、三輪教授、原沢茂助教授(現川口済生会総合病院院長)の尽力により、海老名総合病院で野見山哲先生(現在海老名市で開業)の元で内科や小児科の臨床を実践で学ぶことになりました。
 海老名総合病院での勤務が2年になろうとする頃、同級生の榊原健君(故人)のお父さんから突然電話で榊原医院の後を継がないかと誘いを受けました。迷いましたが話を聞くうちに実家の近くということもあり、医院を継承することを承諾し1か月で開業にこぎつけました。
 ですから開業は最初に自分が描いていた道とは違いましたが、今はこれで良かったと思っています。恩師の勝沼教授が亡くなるという予期せぬこともあって、人生の節目でいろいろな人に力になってもらい感謝しています。
開業は、継承ということもあり初期投資は少なく、患者さんも最初からついていましたので、幸いにも経営的に苦労することはありませんでした。ただ、医師会の中には卒業生はもちろん、知り合いもいませんでしたので、医師会の会合やゴルフなど積極的に参加して多くの先生と顔見知りになろうと努力しました。開業してやっていくには近隣の開業医や病院との連携が欠かせないからです。
医師会に入会して7年たった時、医師会の有力者から理事にならないかと誘われ、その時子供が4人いて下はまだ2歳だったのですが引き受けました。当時、大宮医師会は400名以上の会員を擁し、何代も続いている医院の先生がほとんどでしたので、私のような外様が理事になるということは珍しいことでした。最初の理事としての担当は地域医療で、市民健診や予防接種がスムーズに行われるようにするのが主な仕事でした。理事になってからは毎日のように診療後、医師会の仕事をし、会合に出席するといった生活が12年近く続き、現在は副会長をやっています。内科医会会長、産業医会会長も兼務し、多忙な毎日ですが充実しています。
このように自分が当初が描いた設計図とは違った道になりましたが、基礎医学を学んだ後、臨床医学に進み開業したことは間違っていなかったと思います。医学を基礎から勉強することによって病気の成因や治療のメカニズムを深く理解し、的確な診断や治療ができるようになると考えます。この考えを少しでも後輩の学生にわかってもらおうと、今でも非常勤講師として母校で糖尿病や脂質異常症の講義を毎年一回しています。




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座間小児科診療所
山崎 雅彦(11期生)

 小児科診療所を継いで診療しています。
 星医会の皆さま、11期生の皆さまお元気ですか?
 私は現在、神奈川県座間市で小児科を開業しております。
 平成2年に卒業、母校で2年の初期研修の後、木村三生夫教授の小児科学教室に入局しました。大学病院で3年間小児科とNICUを経験させていただいた後、伊勢原協同病院に5年間、秦野赤十字病院に2年間務めさせていただき、臨床をみっちりと勉強させていただきました。平成14年春から座間小児科診療所で開業医として生活を始めました。
 当院は昭和43年に父が開設した小児科診療所で、父が院長(大先生)、私が副院長兼理事長(若先生)として診療を行っています。親子で一緒に仕事をする場合、お互いの方針が食い違うなどして、何かと苦労が多いという話は聞いていましたが、当院でも始めの頃は苦労が絶えませんでした。長年父がワンマンでやっていた診療所ゆえ、この間に出来上がった独自の診療スタイルや、効率的とは言えない事務処理の方法等々、すべてが私自身には理解できませんでした。半年ほどは様子を見てから、少しずつ改革すべく、いろいろな試みをしました。当初は職員達が新しいやり方に馴染んでもらえず、慣れてもらうのには本当に苦労しました。いっそ辞めて別の地域で、自力で開業しようかと本気で考えたことが何度もありましたが、1年も経つと私のペースで仕事ができるようになりました。以前から通院している患者さんは父が、新患は私が診療することにして、お互いに干渉しないようにしました。そのため、始めの1,2年は患者数が少なく暇な日々を過ごしましたが、小児科では患者さんの入れ替わりが激しいので、現在では9割以上の患者さんを私が診ています。81歳になる父も気が向くと旅行に出かけたりしながら、のんびりと仕事を続けており、多少の親孝行はできたものと思います。
 勤務医の時に、日本で最初のインフルエンザ迅速診断キットの臨床試験に加わる機会があり、この時に知り合った先生方と一緒に、開業した今でも、新たな迅速診断キットの臨床試験に参加したり、インフルエンザ等の臨床研究の学会発表をしたりしています。当院のような一般小児科診療所には、感染症の患者さんがたくさん受診されますので、研究対象には事欠かないので、今後も余力のある限りは細々と続けていきたいと思っています。とはいえ診療が忙しくなるとついつい怠けてしまい、モチベーションを保つのが一苦労です。
 当地域の星医会地区会である県央東海医学会の先生をはじめ、星医会の先生方には日頃から大変お世話になり、感謝しております。今後ともよろしくお願いいたします。




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